1st season
親よりも早く子どもが死んでしまうなんて。
そんな悲劇が、まさか自分の人生に起こるとは思いませんでした。
二五歳の娘が亡くなりました。悪性の腫瘍が見つかってからの二年半という闘病生活は、長かったのか短かったのか、いまもよくわかりません。
ただ、もっとたくさんの時間を生きて欲しかったと思う反面、娘が苦しみの時間からようやく解放された。そう思えたのも事実です。
人が死ぬことは、きれいごとではありません。
最後の数週間、私の役割は、娘のやり場のない怒りを受け止めることでした。
私以外の、例えばお友達だとか、会社の皆さんがお見舞いに来られたときは、最後まで優しく、明るく、笑顔すら見せていた娘ですが、私とふたりきりになると、途端に怒り出し、酷い言葉を吐き続けるのです。
「せっかくみんな来てくれたのにさあ、なんでお母さんそんな格好してんの。まじで恥ずかしんだけど。だいたいなにその髪型。だっさ。いい加減に消えて欲しいんだけど」
私は、何を言われてもかまいません。でも娘がそんな怒りや憎しみを抱えたまま人生の終わりを迎えないといけないのが、つらくて仕方ありませんでした。
「てか私のこと、なんで病院に閉じ込めんの? 外に出してよ」
「どうせお母さんには私の気持ちなんか絶対わからないよ」
最近、私は娘が使っていたスマホを見て、娘が元気だったときのことを思い出しています。
そこには、娘の言葉や写真がたくさん詰まっています。勝手にスマホを覗くなんて、娘が生きていたら絶対に怒るでしょうね。それこそ、もう口をきいてくれないくらいに。
娘には、付き合っていた男の子がいました。年下の子でした。
結婚したいと言われ、私は反対しました。相手はまだ大学生だったのです。それに、あまり真面目な感じの子には見えませんでしたから。
私が反対してからしばらくして、ふたりは別れたみたいです。
もしもその恋人が、ずっと娘のそばにいてくれたら、もしかしたら、娘は安らかに旅立つことができたかもしれません。
最近の私には、悔やんでも悔やみきれないことばかりです。
「ごめんね」
私はときどきこうして、娘のスマホに言葉を打ち込みます。
「つらかったよね。苦しかったよね。ママは何もしてあげられなくて、本当にごめんなさい。そばにいるしかなかったけど、それも、あなたにとっては邪魔だったんだよね。こんなこと言うとまた怒られそうだけど、代わってあげられるなら、代わってあげたかった…」
こんなメールがもう十通も二十通も下書きフォルダに溜まっていきます。
はあ…。ため息をついて、スマホを閉じたときでした。
新着メールの通知。私は驚いて腰を抜かしそうでした。
送信元に表示されているのが、娘の名前だったのです。
お母さん。私の方こそ、ごめんなさい。悲しいのはお母さんも同じなのにね。ひどいことばっかり言って、八つ当たりして。 お母さんにひどいこと言いながら、私、心のなかでずっと謝ってたんだよ。お母さんごめんね、ありがとうって。変だよね、滅茶苦茶だよね。でも、ありがとう、って口にしたら、諦めるところをお母さんに見せちゃう気がしたの。そしたら何かが本当に終わっちゃう気がして…。
私は涙が止まらなくなりました。
私も、看病しながら同じことを思っていたのです。ありがとうなんて言葉を聞くより、ずっとずっと永遠に、このまま悪口を言われ続けたいって。
でもね、今だから言えるよ。お母さん、ありがとう。お母さんの娘に生まれて私は幸せでした。本当だよ。 だけど、勝手に私のスマホ見ないでね。死んだって、プライバシーはあるんだから。
最後のほうは画面がにじんでうまく読めませんでした。
涙を拭いて、もう一度続きを読もうとしたら…。不思議なことに、もうそのメールは消えていました。いったい、何だったのでしょう。私はとうとうおかしくなっちゃったのでしょうか。
娘のスマホの電源を切りかけ、ふと思い直して、私はもう一度、メールを書くことにしました。
これを最後にしよう。このスマホはもう二度と見ないようにしよう、と決めながら。丁寧に文字を打ち込みます。
大切な娘の名前と、その下に、ありがとう、の五文字を。
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放送日:2017年10月3日|出演:佐藤みき 小林葉月|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす