3rd season
庭にスチール缶を出して、落ち葉や枯れ木で焚火をしながら、今、私はふたりの男のことを考えています。
40年前、まだ二十歳だった私には、片想いの相手がいました。アルバイト先の喫茶店で知り合った、ふたつ年上の人。久保田昌之さん。背が高くて少し陰のある、やさしい人でした。
私は、いつかこんな人と結婚したいと胸をときめかせながら、店に通っていました。いつか思いを伝えよう。ところが告白を躊躇っているうちに、昌之さんは遠く離れた九州の田舎に帰ってしまったのです。
気持ちのやり場を失った私は、その思いの丈を打ち明ける手紙を書いて、昌之さんに送りつけました。返信なんて期待はしませんでした。ただ私は自分の恋心にけりをつけたかったのです。
すると数日経って、昌之さんから手紙が届きました。そこには、〈僕も君のことが好きだった〉と書かれていました。私は飛び上がるほど嬉しかった。それから、私たちは文通を繰り返しました。ケータイもメールもない時代でした。
あるとき、どうしても昌之さんに会いたくなった私は、何も告げずに電車に飛び乗り、丸一日かけて九州まで会いに行きました。ところが…。
昌之さんは交通事故で亡くなっていたのです。
私への手紙は、紀之という名の、彼の弟が書いていました。信じられない。あまりのことにショックを受け、絶望した私は、その弟の頬を叩き、酷い言葉でなじりました。
なのに、恋というのは不思議なものです。その三年後、私はその彼と結婚をしたのです。弟の紀之は、兄の昌之さんによく似ていました。見た目も、性格も、声も。
結婚生活は37年続きました。子どもには恵まれなかったけれど、お互い、穏やかで幸せな人生だったと思います。
そして三日前、夫の紀之は亡くなりました。
事切れる直前、病室のベッドで夫は言いました。
「ごめんな…。嘘、ついていてさ。本当に、ごめん…」
私はそれを、40年前、彼が兄になりすまして手紙を書いていたことだろうと思いました。
「もういいの」
「…ごめん」
「あなた…」
葬儀を終え、家に帰ってきた私は、あのときの手紙の束を手に、焚火の前にしゃがんでいます。
夫が、兄になりすまして私に書き続けたラブレター。私はこの手紙を焼くことで、愛するふたりの男への想いも罪悪感も、みんな焼き払ってしまうべきだと思うのです。
すべてを焼いたあとで、私は焚火の火を消し、縁側に腰掛けて、ふとスマホを手に取りました。手紙のかわりに、届くあてのないメールでも送ってみよう。そんな気持になったのです。
〈ごめんなんて、謝らないで。あなたのその嘘のおかげで、私は幸せな暮らしができたの。謝らなきゃいけないのは、あなたに昌之さんの面影を見ていた私の方よ〉
夫のアドレスに、メールを送ります。
すると驚いたことに、夫から返信が届きました。何よこれ…。
ごめんな。実は俺、手紙なんて書いてなかったんだよ。
えっ。メールが返ってきたことも不思議ですが、その内容も、私は理解ができません。どういうこと? 続けてもう一通、メールが届きました。
でも、俺もずっと幸せだったよ。
そのとき、それだけでいいじゃないか、という夫の声が聞こえた気がしました。そうね、どんなに不思議なことが起こっても、信じられないようなことでも、幸せならばそれでいいじゃない。
私は焚火の匂いの残る、冬の空を見上げます。
今ごろ天国で、あの兄弟はどんな会話を交わしているんだろう。想像したら、愛しさで胸がいっぱいになりました。
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放送日:2020年2月18日|出演:佐藤みき 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす