3rd season
「あの…、先日電話で申込をした遠藤ですが…」
「ああ、一日体験教室の方。どうぞこちらへ」
会社を定年退職した途端、妻から熟年離婚を切り出され、離婚。
独り身になり時間を持て余した俺はある日、知り合いにすすめられて陶芸教室のドアを叩いた。
「湯飲み、茶碗、皿、花瓶、会員になっていただくと、何でも好きに作れますよ。こないだはチェスの駒を作った方もいました」
好きな時間に来て粘土をこね、ろくろを回し、世間話をして帰る。その教室には俺以外にも、時間を持て余し老後と趣味にと陶芸をはじめた連中が何人もいた。
「だからね、タヌキ寝入りって言葉あるでしょ、あれ、英語だとフォックススリープっていうのよ。そう、キツネになるの」
「へえー、物知りなんですねぇ」
「娘がアメリカ人と結婚したのよ。それでね、」
おしゃべりな女性、静岡さんもそのひとりだ。
教室に通う時間帯がいつも同じで、よく並んで一緒にろくろを回した。
通いはじめて二年も経つとすっかり打ち解けて、ときどきはお互いの身の上話もするようになった。彼女もまた旦那と離婚して今はひとりだという。
「ねえ、ちょっと、あんた今度は何作ってんの?」
「飯食うときの茶碗。こないだ家の茶碗、割っちゃってさ」
「私もそういうのにしようかな。でもそれ、ちょっと大きすぎない?」
「はは、俺、大食いだから」
「それじゃ丼じゃない」
「じゃあこれでうどんでも食うか」
教室のドアを開けて彼女の姿があると、その日は気持ちが明るくなる。彼女がいないと、さっさと終わらせて帰ろうと思う。
俺の新しい趣味は、動機が少し不純だ。
何度も試行錯誤して、ようやく、納得のいく茶碗ができた。
ちょうど同じ日に静岡さんも茶碗を作ったので、一緒に先生に焼いてもらうことになった。
「焼き上がりが楽しみねえ」
「炊きたてのコシヒカリをてんこ盛りにしてさ、その上に上等な明太子のっけて早く食いてえなあ」
「ちょっとそれ食べ過ぎよ。自分の歳考えなさいよ」
そんな会話を交わしながら、その日はじめて、俺は彼女と連絡先を交換した。
「LINEのID、これだからね」
「俺、よくわかんないんだよ」
「検索すれば出てくるから。友達のリストに追加して」
「まあやってみるよ」
ところが…。
翌週、何気なく顔を出した陶芸教室で、先生から聞かされた。静岡さんが脳梗塞で亡くなったという。
自宅で倒れ、ひとり暮らしで発見が遅れたせいで、病院に運ばれる前にはもう事切れていたそうだ。
俺はその夜、彼女のLINEのIDを検索し、友達に追加した。
そして、彼女に読まれることのないメッセージを送った。
〈さびしいよ。俺、あんたに会いたくて教室に通ってたのに〉
彼女と知り合ってからもう二年半近くになっていた。もしもこの気持ちをもっと早く彼女に伝えていたら、もしも一緒に暮らすなんてことができていたら、彼女は手遅れにならなかったかもしれない。馬鹿みたいだけれど、そんなことを考える。
と、そのときだった、俺の書いた吹き出しの下に、新しい吹き出しが現れた。
もっと早く、その言葉が聞きたかったわね。
えっ。
なんだこのメッセージは。彼女のスマホを使って誰かが返信を寄こしたのか。それにしては少し妙だ。俺は気味悪くなって、LINEを閉じた。
一週間後、陶芸教室に行くと、茶碗が焼き上がっていた。
俺の茶碗と、静岡さんの茶碗。
メリハリのある濃厚な深緑色と、やさしい枇杷色。並べてみると、大きさは違うが、ふたつは寄り添っているように見える。
まるで、夫婦茶碗のようだった。
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放送日:2020年3月3日|出演:荒井和真 佐藤みき 相木隆行|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす