3rd season
ある日、大学時代の仲間だった松倉の、奥さんだと名乗る人から家に電話があった。松倉が、亡くなったという。
「通夜が明日、葬儀は明後日なのですが、あの、できたら葬儀の前にお会いできないでしょうか…」
「ああ、お通夜に参りますよ」
松倉と俺は学生時代、バンドを組んで一緒に音楽をやっていた。あいつがボーカルで俺がギター。レノン=マッカートニーのつもりになって、ふたりで曲を作った。
二十歳のとき、オリジナル曲をカセットテープに吹き込んで、ダメもとでレコード会社に送ってみた。
するとマネージャーを名乗る若い女から連絡がきた。デビューしないかという話だった。しかし…
「言いにくいんだけどさ、実は、俺がソロでデビューしないかっていう話なんだ」
レコード会社は俺たちふたりで作った曲を、松倉ひとりの作詞作曲ということにしたいという。俺はショックで言葉も出なかった。
「そういうことなんだ。悪い、頼む」
そして松倉は、期待の新人シンガーソングライターとしてデビューした。歌詞カードのクレジットを見ても、俺の名前はどこにもなかった。俺たちは、もう友達ではなくなった。
松倉の奥さんは、あのときレコード会社でマネージャーをしていた女だった。歌手デビューという夢を叶えた松倉は、その後、二枚目のレコードを出したあと、いつのまにか音楽業界から消えてしまった。
「曲がね、書けなかったのよ。ずっと苦しんでたの。それを支えているうちになんか情が移ったっていうか、結婚することになってね…」
それから松倉は地方の町の楽器屋で、ずっとギター教室の講師をしていたらしい。
「あなたのこと、よく話してたわ」
「そうですか…」
「本当に悪いことしたって…」
そう言って、奥さんは俺の目の前に一本のカセットテープを差し出した。
「あなたたちが、私に送ってくれたテープよ」
それは確かに、二十歳のとき俺と松倉が録音したテープだった。
松倉はこれをデビュー以来、生涯大切にしていたと。
「私なんかより、ずっと大事にしていたわ」
「これを…?」
「棺の中に入れようか、それともあなたに渡そうか、迷っちゃって…」
俺は、棺の中に入れてやってくれと答えた。
「そのかわり、今夜ひと晩だけ貸してもらえませんか」
「ええ、もちろん」
通夜から帰った俺は、学生時代と同じ安酒をグラスに注いで、そのカセットを古いデッキにセットした。
懐かしい音。懐かしい歌声。下手くそだ。しかも恥ずかしいほど青臭い歌。俺は途中で聴いていられなくなって、ふとスマホを手に取り、メモのアプリに松倉への言葉を打ち込んでみた。
〈懐かしいな。なあ、覚えているか。俺たち、ハモると気持ちよかったよな。…俺、ひとりでデビューしたお前のことが嫌いだったよ。大嫌いだったよ。…ずっとさ、嫌いなままでいたかったよ〉
スマホをそばに置いて、何気なくギターに手を伸ばした、そのときだった。スマホに、メッセージが。
お前のギターがないと、曲、書けなかったんだよ。
え? 思わずスマホを取り落とした。慌てて拾い上げて画面を見ると、しかし今のメッセージはどこにもない。
なんだったんだ、今のは。
気づくと、曲はもう終わっていた。俺は酒をひとくち飲んで、埃を被ったギターを抱える。指が勝手に、懐かしいこの曲の、最初のコードを抑えている。
■
放送日:2020年1月21日|出演:荒井和真 相木隆行 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす