3rd season
これから私がお話しするのは、馬鹿みたいな、嘘みたいな、悲しいエピソードです。私の恋人だった人のこと。
一年前のクリスマスイブ、私は彼からプロポーズされました。嬉しかったけれど、残念なことにそれは、レストランとか夜景を見ながらとか、そういう素敵なシチュエーションではなくて、部屋の中でお菓子をつまみながらテレビを見ている最中という、
「ところでさぁ」
「何?このカレー味うまっ」
「そろそろ、俺らも結婚しない?」
「…」
ものすご~くぞんざいなシチュエーションだったので、私は腹が立って、返事のかわりに言ったのです。
「じゃあさ、今夜雪が降ったら、いいよ」
「え、雪?」
「そ、雪」
その日はよく晴れていて、夕方になっても気温が高く、とても雪が降りそうな天気ではありませんでした。
夜になっても雪が降る気配はなく、それどころか空はよく晴れていて、月も星も出ていました。
アパートの部屋でスーパーの安いケーキとチキンを食べてイブの夜を過ごした私たちですが、十時を過ぎた頃だったでしょうか、彼が急に、
「ちょっと俺、コンビニ行ってくる」
と言って部屋を出て行きました。
ビールでも買い足すつもりなのかなと思いましたが、三十分経っても帰ってきません。心配していると、彼からLINEが入りました。雪が降ってきたから窓の外を見てよ、と。訝しく思いながらカーテンを開けてみると、本当に白い雪のようなものが宙を舞っています。
え、まさか。
窓から顔を出し、私は空を見上げました。すると、アパートの屋根に立っている彼と目が合いました。彼が、パン粉のようなものを撒いているのでした。
「何やってんの? ばかじゃないの」
彼はそういう人なのです。無邪気な子どもみたいなことをして、私を笑わせたり、怒らせたり、驚かせるのが好きな人でした。
「ちょっともう、危ないよ」
「雪、降ったよね、いま、見たよね、イエーイ」
「ホントに危ないって、あっ」
「あっ」
そのときでした。
彼が足を滑らせて、屋根から地面に…。こんな恋人との別れ、聞いたことないですよね。ほんと、ばかですよね。
彼が亡くなって一年が経ち、またクリスマスイブがやってきました。
アパートは、あれからすぐに引っ越しました。でも私は彼のことが忘れられません。この一年間、ずっとずっと自分を責めてきました。どうしてあのとき素直にプロポーズを受けなかったんだろう。あんなことを言ってしまったんだろう。一言、うん、と頷いていれば、彼はばかなことをせず、今も生きていて、私も幸せだったはずです。
今夜、私はひとりきりで、普段と変わらない、何でもない夜を過ごしています。でも、テレビを点ければクリスマスの特番。子どものいる家族の住む隣の部屋からは、クリスマスの歌が聞こえてきます。
夜が更けるにつれ、だんだん胸が苦しくなってきました。私は布団にもぐってスマホを起動しました。
彼のアカウントがそのまま残っているLINEに、今の気持ちを書き込みます。
〈ねえ、今年もへんてこな雪、降らせてよ。ばかみたいなことして、私を笑わせてよ。ねえ、帰ってきてよ〉
大きなため息をついて、もう寝よう、一刻も早く今日という日を終わらせようと、部屋の電気を消し、窓にカーテンを引こうとしたそのときでした。スマホが鳴りました。誰だろう。LINEを見ると、でも、誰からもメッセージは届いていません。空耳でしょうか。彼に答えて欲しくて、許して欲しくて、幻聴を聞いてしまったのかもしれない。そう思ってカーテンを引き直そうとした瞬間、思わず手が止まります。
これは、彼からのクリスマスプレゼントでしょうか。
窓の外、イブの夜空に、本物の雪が舞い降りてきたのです。
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放送日:2019年12月17日|出演:松岡未来 相木隆行|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす