3rd season
「おう、花屋。綺麗だね、何て花だい」
「カーネーションです」
「春の花じゃないのか」
「秋のカーネーションもあるんですよ。いかがですか?」
「いいよ、俺はそんな柄じゃねえし」
商店街のフラワーショップ。僕はそこの二代目だ。フラワーショップといっても滅多に客の来ない小さな店。奥は自宅につながっていて、そこで僕は年老いた母親と二人暮らしをしている。
「よーすけー、角のヘアー銀座、配達終わったかね」
「銀座さん、もう五年前に店閉めただろ」
「そうだったかね…そう…そろそろお昼の時間だね」
「朝食ったばっかだろが」
若いときは会社員をしていたのだけれど、父が倒れて店を手伝うようになり、そのうち母も倒れて、僕しか店に立つ人間がいなくなった。父は五年前に亡くなり、母もこんな状態で、店のことは今、僕がぜんぶひとりで切り盛りしている。
四十を過ぎたが結婚どころか付き合う相手もいない。
このままではいけないと思い、何度か婚活パーティに出かけたことがあった。フラワーショップのオーナーと聞けば、最初のうち女性たちはみんな目をキラキラさせる。でも、貯金もなく資産もなく、要介護の母親がもれなくついてくると知るや、みんなあっという間に僕の前から姿を消した。
「よーすけー、今日の弁当、プラスチックの味がするよ」
「するわけねえだろ、気に入らないなら自分で作れよ」
「作りたくても作れないんだよ、腰がこんなだからね」
「じゃあ黙って食ってろよ」
父を亡くしたとき、僕は思った。母の残りの人生を幸せにしてやりたい。そのために母と一緒に暮らしてこの店を継いだ。でも、今はもう何が何だかわからない。母のわがままに振り回されていつも気が立っている。イライラがおさまらない。
「よーすけー、たまには福岡の叔父さんちに顔出したいねえ」
「どこにそんな金と時間があんだよ」
「お墓参りがしたいだけなんだけどねえ」
「遠すぎるから無理だよ。ひとりで行って」
「じゃあ、生きているうちはもう行けないかねえ」
「死んだら墓参りの必要もないからいいだろ」
聞き流せばいいのに、いちいちつっかかって、冷たくしてしまう自分が情けない。
その母が今朝、亡くなった。
延命措置を断ることに、ためらいはなかった。母の人生を幸せにしてやりたいと思っていたけれど、母はもう、幸せなんて言葉とは無縁の場所にいた。
通夜の夜、弔問客が帰ったあと、僕は薄暗い店の中で、母のための別れ花を用意している。最後くらいは鮮やかな花をぎっしりと敷き詰めて、幸せだった人のように見送ってやりたい。
ふと、レジの横に置いてあるメッセージカードが目に留まった。
ボールペンをつかみ、これまで口にできなかった母への思いを綴ってみる。
〈 母さん。僕がもっとしっかりしていれば、少しは幸せにしてやれたかな。美味しいもの食べさせて、車いすにのせて、行きたいところに連れてって。でも何もできなかったよ。ごめん。この店もいつまで続けられるかわかんないよ。あっちで、父さんに謝っておいてよ。ほんと、ごめんね 〉
書き終わって、ボールペンを置いたそのときだった。
そばでスマホの画面が明るくなった。メールの着信。なんだろう。覗きこむと、誰からかわからないメッセージが一通、届いていた。
洋佑、ありがとね。きれいな花に囲まれて、あんたと暮らせて、私にとってはこれ以上いい暮らしなんかないよ。あんたには悪かったと思うわ。でも、私が頼れるのは、わがままを言えるのは、もうあんたしかいなかったの。ごめんね。私は、いい人生だったよ。
僕はショーケースを開けてカーネーションを一本抜き、家の中に戻って、それを母の枕元に飾った。僕が幼いときはじめて母にプレゼントしたのが、母の日の真っ赤なカーネーションだった。そのときの母は本当に嬉しそうな顔をして、そして、僕に教えてくれた。カーネーションの花言葉は、「愛」なのだと。思い出したら、涙がこぼれた。
■
放送日:2019年10月15日|出演:相木隆行 佐藤みき 荒井和真|脚本・演出:藤田雅史|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす