3rd season
おばあちゃんが亡くなって、四年が経った。
百歳まで生きたおばあちゃんは、いつ話をしても、同じことばっかりしゃべっていた。
「あんた、まーた背が伸びたね」とか、「もう私に正月なんて来ねんだて」とか、「天国でみんなが私のこと待ってるすけね」とか。三分の二はネガティブ発言。
家族はみんなすっかり聞き飽きて、はいはい、って感じで誰も取り合わず聞き流していた。
そんなおばあちゃんがスマホをはじめたのは、亡くなる一年くらい前だった。介護施設にいても家族とすぐに連絡が取れるように。
でもおばあちゃんはいくら使い方を教えても、ひらがなのメールしか作れない。
〈きようはいいてんきてす〉とか。
〈これからにゆすみてねます〉とか。そんなのメールをもらっても返信のしようがない。
「おばあちゃんさ、ひらがなばっかで読みにくいよ。絵文字とか使ったら? ここ押せばいっぱい出てくるから、こうやって選んで」
「んー難しすぎるて」
「いや全然難しくないから。やればできるから」
「あーあー、だめらて」
おばあちゃんは百一歳で亡くなった。
おばあちゃんが亡くなってから高校を卒業した私は今、大学生だ。
今年、半年間の海外留学をすることになった。ずっと実家暮らしだった私にとって、それははじめてのひとり暮らし。異国の地で、まわりには友達も知り合いも誰もいない。そんな毎日。まだはじまったばかりだけれど、不安だらけで、とにかくさびしい。友達をつくりたいけれど、言葉が全然通じない。
留学なんて切り上げて早く帰りたいと毎晩のように思った。
そして、私は気づいた。百歳まで長生きしたおばあちゃんは、長生きをしたがゆえに、きっと、ずっと孤独だったのだ。おばあちゃんと同世代の友達はみんなもう亡くなっていた。
例えば私だったら、どんなにひとりぼっちでも、SNSやメールで日本にいる友達とつながれる。でもおばあちゃんは天国に行った友達とはもうつながれなかった。おばあちゃんのさびしさが、やっとわかった。
屋根裏みたいなアパートの部屋の窓から、私はときどき夜空を見上げる。夜が真っ暗なことだけは、日本も外国も変わらない。
あと何ヶ月も本当にここで暮らせるだろうか。友達はできるだろうか。そんなことを考えながら、私はふと、スマホにおばあちゃんに宛てたメールを書いてみた。
〈おばあちゃん、私は今、外国で勉強しています。すごいでしょ。でも、ちょっとさびしいよ。おばあちゃんは天国で、もうお友達に会えましたか? もう、さびしくない? ねえ、おばあちゃん〉
書いてから、削除する。さて、こんなことより明日の予習をしなくちゃ。そう思って机に向かったとき、スマホが震えた。
見ると、おばあちゃんから返信が届いている。え? うそ、なにこれ。慌ててメールを開く。
そこには、ニコニコマークの絵文字がひとつ。
あはは。おばあちゃん、絵文字使えるようになったんだ。
笑ったら、途端に涙が出てきた。
どんなにさびしくても泣くまいと思って、ずっとこらえてきた涙が、どんどん溢れてくる。泣きながら、私は思った。このさびしさをちゃんと覚えておこう。そしていつか、私の大切な誰かがさびしい思いをしているときに、そばで話を聞いてあげよう。
ね、おばあちゃん。
私は夜空に向けて、呼びかけた。
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放送日:2019年8月20日|出演:井上晶子 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす