3rd season
今年もお盆がやってきた。親父が死んで十年になる。
お袋は十年前から「私もすぐあの人のところに行くわ」なんて言っているが、いまもぴんぴん元気だ。
でも今年のお盆はいつもと違う。去年、交通事故で妻が死んだ。
妻はよく、お盆になるとお袋と一緒に、俺の親父の話をしていた。
「——だったの、それがうちのお父さん」
「えー、すごい。まるでドラマみたいですね」
「でね、チンピラが三人もいたんだけどみんな逃げていって」
「それは惚れちゃいますよね」
「でしょ、私もうこの人と絶対結婚するって決めたの」
「なんか運命って感じ」
「女はね、そういう人と出会わなきゃダメよ」
「えー、じゃあ私も幸ちゃんと別れてそういう人と再婚しなきゃ」
「あははは、そうよ、絶対それがいいわ」
毎年同じ話を繰り返すお袋と、はじめて聞くみたいに相づちをうつ妻。親父がどんないい男だったか、どんな武勇伝があるか、そればっかり。そんな会話に俺は辟易していた。
「お前、毎年毎年よく同じ話聞けるな」
「うん、だってお義父さんの話好きなんだもん」
「お前、うちの親父に会ったことないだろ」
「別にいいじゃん」
「知らないヤツに親父の話とかされんの嫌なんだよ、俺」
「えー。じゃあ聞かなきゃいいじゃん」
「聞こえてくんだよ。目の前で話してるから」
その妻が、今年はいない。
今年のお盆は、俺と、小学生の息子と、お袋の三人だけ。
お袋は話し相手がいないから静かだ。嫁に先に逝かれたのが相当ショックなのか、ガクッときている。
お寺で読経を聞いた後、少し時間があったので、俺はたばこを吸いにおもてに出た。そしてふと、天国の妻に宛てたメールを書いてみた。
〈今年は、親父の武勇伝を聞かされなくて済んでるよ。お前がいないから、お袋、さびしがってるよ。なんでお前、俺の親父の話なんか好きだったんだよ〉
たばこを消して、そろそろ戻ろうと引き返しかけたとき、スマホが震えた。見ると、メールの着信。開いてみて驚いた。それは、妻からの返信だった。
久しぶり。元気にしてた? 幸ちゃんも、ユースケも、お義母さんも
なんだこれ。いくらお盆だからって、まさかそんなこと…。
私がお義父さんの話、好きだったのはね、だって、お義母さんが喜ぶんだもん。お義父さんのことになるといつもすっごい嬉しそうに話してくれるの。こんなことがあった、こんな素敵な人だったって。それを聞くのが私は嬉しかったの。そうやってずっと、お義母さんにいつまでも幸せでいて欲しかったの
いたずらにしてはやけにリアルすぎるメールで、俺は頭がぼーっとした。なんなんだこれは。
スマホを手に呆然としていたら、寺の僧侶に呼ばれた。本堂に戻ると、息子とお袋がふたりでなにやら話し込んでいる。それは、妻の話だった。息子にとっては大切な母親。お袋にとっても大切な嫁。俺にとっては…。
ふたりの様子を眺めながら、俺は思った。
そうか、お前は優しかったんだな。そのことに、俺が気づかなかっただけなんだ。俺たちも、みんなでお前のこといっぱい話すよ。何度も何度も同じ話して、思い出すよ。そうやって、これからもずっとお前と一緒に幸せでいるよ。
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放送日:2019年8月6日|出演:樋口雅夫 井上晶子 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす