3rd season
夫が亡くなって、はじめての夏がやってきます。
私と夫は、親同士が決めた見合い結婚でした。四十年も一緒に暮らした夫婦。でもふたりの間に恋愛感情なんてものはこれっぽっちもありませんでした。そんなもの、夫と出会う以前の学生時代の遠い思い出に置いてきた。だから私は、夫のことが好きなのか、なんて考える必要もなかったのです。
私たちにとってはそれが平和な結婚生活でした。心の底では、恋愛結婚した人たちのことを羨んでいたのかもしれない。でもそれは、きっと夫も同じだと思っていました。
毎年、夏になると私と夫は地元の花火大会に出かけました。
缶ビールと焼き鳥を買って、河川敷にシートを敷いて寝そべって。いつも同じ場所から花火を見上げました。
「今の見たか?」
「見た見た。あれは新作ね」
「今年の花火は去年よりいいな」
「あなた、去年も一昨年もそう言ってた」
「そうか」
そんなふうにときどき話をしながら、静かに二人で花火を見上げていました。
私たちの会話はいつだってただの日常会話。新婚のときからそう。相手への気持ちを伝え合うことなんて、一度だってありませんでした。
今年、私は花火に行かないことにしました。
夫はもういないのです。あんなところ、ひとりで行ったってしょうがない。それよりも新盆の準備をしなくっちゃ。
どん、と遠くで音がしました。去年までなら、「おい、そろそろ行くぞ」そう言って夫がサンダルをつっかける時間。
私は手を止めて、畳の上にごろりと寝転びます。なんだか宙ぶらりんな時間。
私はポケットに入れていたスマホに手を伸ばし、夫に向けて、メッセージのようなものを書きました。
〈ねえ、天国って空にあるんでしょう? だったら、天国にもこの音、聞こえてる? 私、あなたのこと好きだった。でもそう思わないようにしていたの。怖かったのよね。あなたはきっとそうじゃないって思ってたから。そうじゃないってわかるのが悲しかったから〉
目をとじると、花火の音がさっきよりも大きく聞こえます。なんだか河川敷で横になっているみたい。隣にあなたがいるみたい。ふと目を開けると、スマホにメッセージの着信がありました。花火の音で気づかなかったようです。画面を見て、私ははっと息を飲みました。差出人が、夫の名前になっているではありませんか。
今年の花火は、去年よりもいいぞ。
え、何よこれ。起き上がって、縁側に出てみます。
誰からのメールでしょう。確かに夫の名前が表示されているけれど…。不思議に思っていると、もう一通、メッセージが届きました。
毎年一緒に花火を見上げる女を、好きじゃない男なんていないよ。
気づくと私はスマホを握りしめたまま、サンダルをつっかけて表に出ていました。吸い寄せられるように、河川敷に向かって駆け出します。
花火の音が大きくなるにつれ、涙が、こみあげてきました。
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放送日:2019年7月30日|出演:佐藤みき 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす