3rd season
ギャンブル好きの父が、ある日突然死んだ。
競馬や競輪にのめり込み、しょっちゅう借金を作っては首が回らなくなっていたダメな男だった。
「もう、なんであのお金使っちゃうわけ?」
「しょうがねえだろ、ガチガチの銀行レースだと思ったんだよ。落馬するなんて予想できねえよ。俺のせいじゃない…」
「いい加減にしてよもう!」
父の貯金はすっからかんで、そのかわり借用書が何枚も残されていた。しかもそのうちの一枚がかなりの金額だった。僕の貯金では返済しきれない。でもこの借金を返さないと、相続を放棄して実家を手放すことになってしまう。どうやってお金を作ればいいのか…。
オヤジ、ふざけんなよ。
そう思いながら遺品整理をしていると、父が毎週欠かさず買っていた競馬雑誌が出てきた。
部屋の枕元にあったから、どうやら死ぬ間際まで予想をしていたらしい。何気なくページをめくると、一頭の馬に赤ペンで大きな丸がつけられていた。僕はピンときた。そうか、これだ。
日曜日、僕は競馬場のスタンドに立っている。
馬券を買った。父が印をつけていた馬は最低人気の大穴だった。
これが当たれば借金を全額返済できる。
そんなうまい話はない、と内心では思いながら、でも奇跡が起こるような気がした。そうじゃないと、父がただのダメ男で終わってしまう。父には最後の最後でなんとかする男でいて欲しかった。せめて息子の僕だけは、それを信じてやりたかった。
レースがスタートした。疾走するサラブレッドの姿を、僕は固唾をのんで見守った。父の選んだ馬は最後方をのんびりと走っていた。その姿は、ろくに仕事もせずいつも酒を飲んで遊んでばかりの父の姿に重なった。
「ちょっとあなた、会社から電話かかってきたんだけど」
「風邪で寝込んでるって言ってくれ。インフルエンザだから」
「また仮病? そのうちクビになるわよ」
「あー大丈夫大丈夫」
でも。
きっと最後に猛然と追い込んでくるはずだ。僕はそれを信じた。
最終コーナーをまわって、馬群が直線に向く。馬に鞭が入る。父の選んだ馬が、大外を一気に駆け上がってくる!
…はずが、その馬はてんで走らなかった。ビリだった。
レースの終わったスタンドで、僕は絶望的な気分で立ち尽くしていた。スマホでレース結果をもう一度確かめる。やはりビリだった。何度見返しても、ビリだった。
僕はやるせない気持ちをぶつけるように、指先を動かして父にメールを書いた。
〈 なんだよオヤジ。全然当たんねーじゃんか。あんた、最後まで負け犬だよ。ダメ男だよ。〉
送信ボタンを押して、競馬場を出た。
今頃、父の携帯が鳴って母は驚いているかもしれない。
そのときだった。ポケットにしまったスマホが震動した。え? 見ると、父から返信が届いている。そんなバカな。
お前な、ギャンブルで作った借金をギャンブルで返そうなんて、うまくいくわけねえんだよ。なんだよ、親に向かって負け犬とかダメ男とか。お前だって同じことしてんじゃねえか。
なんだろうこれは。
だいたいな、俺の名誉のために言っとくけど、俺がつけた印は、この馬は絶対に来ない、っていう印だったんだよ。早とちりすんな、ばか。お前は子どものときからそそっかしい奴だったよ。借用書、弁護士のところ持って行ってみろ。
父がメールを寄こした? そんなことあるはずがない。
でも気になって、翌日、僕は借用書を持って弁護士のところに相談に行った。弁護士は書類を見るなりキョトンとした顔になって、笑いながら言った。これは借りたんじゃなくて、貸しているお金ですね、債権です、と。僕は父の性格から、すっかり借りているお金だと思い込んでいた。なんてことだ。でもまあよかった、助かった。
弁護士事務所を出て、空を見上げる。
競馬場で受信したあのメッセージ。あれは、本当に天国からのメールだったのだろうか。
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放送日:2019年7月2日|出演:相木隆行 荒井和真 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす