3rd season
「いらっしゃいませ、お客様本日はどのような…」
「スマホのね、料金を見直したくって」
「あ、はい」
「あ、お客様こちらでご案内します。お掛けになってお待ちください」
私はケータイショップで働いている。最新のスマホを売ったり、契約を取ったり、相談に乗ったりするのが仕事だ。
私は学生時代、ずっと出来が悪い子だった。職場でも、みんなが簡単にできることができなかったりする。
「ちょっと大坪さん、なんでこんなこともできないの? ちゃんとやってよ」
「あ、すいませんっ。ああっ!」
鈍くさくて怒られてばかりの私は、自然と、面倒なお客さんの対応にまわされるようになった。
「おう、どうもね」
「いらっしゃいませ。本日はどうされました?」
住吉さんは常連のお客さんだ。白髪頭のおじいさんで、半年前、「俺もそろそろスマホにしようかと思ってさあ」と言って来店した。
「ベッドで寝転んでてもインターネットしたり、映画が見れたりするんだろ。音楽も聴き放題っていうじゃねえか」
それ以来、住吉さんは週に一度は店にやってきては、私を見つけて声をかけてくるようになった。電話帳の登録をしてくれとか、ポイントでネット通販の買物をしてくれとか、なんでもかんでも頼んでくる。
「あのさ、野球の速報が見れるア、ア、アプリってやつ入れてくれや」
「はい、お掛けになってお待ちください」
私は毎回、丁寧にひとつひとつやってあげる。
ときどき、この人にはスマホの使い方を教えてくれる家族はいないんだろうか、なんて思ったりする。
「ありがとうございました」
「おう、助かったよ。またよろしくな」
「あのねえ大坪さん、この店は介護施設じゃないの。ああいうお客さんは10分で切り上げるようにして」
「でも…」
最後の来店から一ヶ月、住吉さんの姿をしばらく見ないと思っていたら、ある日、住吉さんの息子さんだという人が店にやってきた。
「今日はどういった…」
「父が亡くなったんで、スマホの解約をお願いします」
ショックだった。このあいだ来たときは、あんなに元気だったのに。
カウンターに案内してスマホを預かると、息子さんは言った。
「ああ、そういえばメールの下書きにこんなのがあったんだけど、もしかしてあなたのことかな」
見せてくれたのは、宛先のないメールのテキストだった。そこにはこう書いてあった。
〈あなたがスマホの使い方を教えてくれたお陰で、闘病生活もつらいばかりじゃなかった。ありがとう〉
解約の手続きが完了し、息子さんが帰ったあと、私は仕事の休憩時間におもてに出て、自分のスマホに、住吉さんへの返信を書いてみた。
〈そう言ってもらえて、嬉しいです。今思うと、住吉さんの笑顔が、私の仕事のやり甲斐でした〉
「ちょっと、あんたまだ休憩してんの? 混んできたからすぐ対応入って」
「あ、すいませんっ」
そのときだった。メールの着信。アドレスのないメールが一通、私のスマホに届いていた。え、なに、これ?
今送ってくれたあんたのアドレス、これ、スマホの電話帳に登録したいんだけどさ、どうしたらいいんだ?
私はそのメールをじっと見つめて、思わず笑ってしまった。
あはは、天国からメールが返ってくるなんて。住吉さんらしい。
「ほら、ぼさっとしない!」
「すいません、今行きます!」
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放送日:2020年2月4日|出演:井上晶子 荒井和真 相木隆行 佐藤みき 石附弘子|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす