3rd season
「やばい、今日までじゃん」
「何が?」
「宝くじの販売日。そうだよ、今日までだよ。忘れてた。あーなのにバイトのシフト、ラストまで入れちゃってるし…。ねえ圭ちゃんさ、学校帰りにこれで買ってきてくんない?」
「いいけど…え、一万? ヒナちゃんこんなに買うの?」
「連番でね」
「当たるといくら?」
「五億」
僕の彼女の日那子は、宝くじが好きな女の子だ。買うのが、というよりも、当たったときのことを妄想して楽しむのが。
僕らは貧乏な学生カップルで、親に内緒で今、こっそり一緒に暮らしている。ふたりともバイクが好きで、授業のとき以外はふたりで遠出をするか、あるいはバイトに明け暮れるか。そんな毎日だ。
その日、「わかった買っとくよ」と言って彼女の頼みを引き受けたものの、学校帰り、僕は宝くじ売場に向かう途中で考え直して、買うのをやめた。どうせ外れる。こんなの当たるわけがない。それだったらこの一万円をもっと有意義なことに使える気がした。
「ただいまー」
「おー、ヒナちゃんおかえりー」
「宝くじ、買っといてくれた?」
「ん、うん、もちろん。あ、やべ、学校のロッカーに忘れてきちゃった。どうしよ、これから取ってこようか…」
「あ、いいよ。当選発表のときまでに持ってきてくれれば」
実はもうすぐ、僕の誕生日がやってくる。それなのに、日那子はプレゼントやお祝いのことをちっとも切り出してくれない。そのことに僕は少しムカついていた。宝くじは、僕が番号を調べて全部外れていたことにして、勝手に何か買ってやろうかと思った。
ところが、だ。当選発表の日が来る前に、彼女がバイクで事故った。雨の日、視界の悪い交差点での衝突事故だった。
アスファルトに全身を強打し意識を失った日那子は病院に運ばれた。一週間予断を許さない状態が続いた。そして彼女は一度も目を覚まさないまま、この世を去った。あっというまの出来事だった。
大好きな恋人だったから、僕はそのショックからずっと立ち直れないでいる。彼女から預かった一万円札は、今もまだ、財布の中に折りたたんでしまってある。いつか彼女のためにこのお金を使う日が来るのではないか。どんなかたちでもいい、どんな使い方でもいい、いつかその日がくるまで、とっておこうと思った。
事故から一年。日那子の一周忌がやってきた。
彼女のことばかり考えてぼんやりしていた僕は、ATMでお金を下ろさないといけないのをうっかり忘れたまま、彼女の実家に行ってしまった。やばい、と思ったけれどもう遅い。僕は物陰に隠れて、財布の中の彼女の一万円札を、そっと香典袋の中に忍ばせた。
彼女の母「圭太くん、わざわざ来てくれてありがとう」
圭太「あの、これ」
僕は香典を差し出した。ところが、彼女のお母さんはそれを受け取ってくれなかった。
彼女の母「あなたの大切なお金は、あなたが使って。その方が日那子も喜ぶから。ね」
法事が終わり、彼女の一万円札をまた財布の中に戻してから、僕はふと思いついて、一年前に更新の途絶えた彼女のSNSのアカウントに、メッセージを送った。
〈もう一年が経っちゃったね。ねえ、ヒナちゃん、この一万円、俺どうしたらいいかな。宝くじ、もしも本当に買ってたら当たったかな。そしたら、何か変わっていたかな。ヒナちゃんを死なせずに済んだりしたかな…〉
そんなふうに打ち込みながら、このお金で宝くじを買ってみようかと考えた。生きているときの彼女の頼みを聞いてやるのが一番いいのかもしれない。そのときだった。不思議なことにそのアカウントから、新しいメッセージが届いたのだ。
そのお金は、圭ちゃんの好きなものに好きなように使ってください。宝くじ買ったって五億なんてそうそう当たらないよ。十万円とかさ、ほんの三千円とかでもいいから、当たったら圭ちゃんに誕生日プレゼントを買ってあげるつもりだったの。
なんだろうこのメッセージは。そう思った次の瞬間、スマホの電源が落ちた。慌てて入れ直すとそのメッセージはもうどこにもない。何だったんだ、今のは。
帰り道、バイクを運転しながら僕はこの一万円を何に使おうか考えている。彼女からもらっていちばん嬉しいプレゼントはなんだろう。彼女と一緒に喜べるものは何だろう。あれこれ思い浮かべていたら、日那子が天国に行ってからはじめて、僕は、自然な笑顔を取り戻せた。
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放送日:2019年12月3日|出演:相木隆行 松岡未来 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす