3rd season
商店街がひっそりと感じられるのは、すっかり廃れてしまったからだけではない。妻の敏子が、亡くなった。長い入院生活で覚悟はできていたが、こうして亡骸と一緒に家に帰ってくると空虚さがいや増す。
「おやっさん、これ、香典です。布部と加藤からも」
「ああ、すまんな。気をつかわせて」
「俺らに手伝えることあったら、何でも言ってください」
「じゃあ悪いんだけど、リカー山本に瓶ビール頼んどいてくれるか。2ケースくらいあれば足りるだろ」
もうすぐ商店街の連中が弔問にやってくる。あいつらに出す酒や食べ物の用意をしておかないと。
うちは町の電器屋だ。親父の代から五十年、この商店街に根を下ろしている。敏子と結婚したのは、俺が組合の代表に選ばれた年だった。街づくりの未来を俺はよく敏子に熱く語ったものだ。商工会に担がれて市会議員の選挙に出たこともある。落選したが、それからは自分の店のことより商店街の裏方の仕事に人生をかけた。
「もう、商店街のことばっかりじゃない。うちの店のことも少しはなんとかしなさいよ」
「うるせえな。七時からうちで祭の打合せだから、山本にビール頼んでおいてくれ。あと寿司政に上にぎり」
「また? 明日も懇親会って言ってたじゃない」
「若い奴らに任せてはおけねえよ。まだ時間あるな…ちょっと俺、福引の様子見に行ってくる」
「んもう」
敏子には、苦労のかけ通しだった。でもその苦労の甲斐なく、店からも商店街からも客足はどんどん遠のいた。所詮、町の電器屋だ。次々にオープンする郊外のショッピングモールにも、ネット通販にも、とても太刀打ちできなかった。
「おやっさん、これ」
「ああ、奥の部屋に置いておいてくれ」
通夜には思ったよりもたくさんの人が集まった。古くからの商店街の仲間、取引先、年老いた近所の馴染み客、最近付き合いはじめた若い連中もぎこちないスーツ姿でやってきた。店の土地を売って遠くに引っ越した昔の仲間もわざわざ来てくれた。狭い家では入りきらず、店の外まで人があふれるほどにぎやかな通夜になった。
「おやっさん、寿司政からこれ」
「なんだこれ、頼んでねえぞ」
「いちおう二十人前。うちの大将が、足りなくなったら電話くださいって。田中電器の奥さんには本当にずっとお世話になってたって」
「…。請求書忘れんなって、大将に言っとけよ」
これでは敏子とふたりきりになって別れの言葉をかける余裕もない。
俺はトイレに立つふりをして店の倉庫に隠れた。敏子に言いたいことがあった。でも口にできないなら、と、俺はケータイを開いてそれをメールの文章にした。
〈なあ敏子。俺さ、この店、もう閉めようと思う。いくら働いたって赤字だもんな。俺、何を今まで頑張ってたんだろうな。商店街ももうシャッター通りだ。こんなショボい町の電器屋と結婚して、お前には損させたな。苦労かけた。ごめんな。〉
店番はずっと敏子の仕事だった。敏子が病気になった時点で、俺の心はとっくに折れていた。
さて、そろそろ戻ろう。そう思ってケータイを閉じかけたとき、不思議なことに、返信が届いた。まさか。そんなはずはない。でも何度見返しても、それは敏子からの返信だった。
あなたが頑張ってきたことは間違いじゃないわ。だって、こんなにたくさん人が集まってくれたのよ。私はね、あなたの周りの人たちを見て、あなたを選んだの。あなたはみんなに慕われている。そんなあなたが好きだったの。こんな幸せなお通夜はないわ。
倉庫を出て家の中に戻ると、みんなが顔を赤くして、にぎやかに昔話をしている。俺と敏子のために泣いてくれる人もいる。背後から誰かが俺の肩を抱いた。気づけば俺は涙を流していた。
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放送日:2019年10月1日|出演:荒井和真 佐藤みき 相木隆行 松岡未来|脚本・演出:藤田雅史|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす