3rd season
先月、父が急死した。心筋梗塞。
あまりにも突然の出来事だったから、母も私も途方に暮れている。この春、父と母は実家を建て替えたばかりだった。その新しい広い家に、母ひとりが残された。
私はもう何年も、父とろくに話をしていなかった。五年前、私はある男と出会って結婚をした。でもずっと父からは反対されていた。
「ダメだダメだあの男は」
「お父さん関係ないじゃん」
「関係ないことあるかっ。とにかくダメだ。やめとけ」
「はぁっ?」
「あとで悲しい思いをするのはお前だぞ」
「そんなんわかんないじゃん」
私は意地になって結婚した。子どもも生まれた。
でも、父の言ったとおりだった。私と夫はうまくいかなかった。結婚した途端、夫は人が変わった。浮気、借金、暴力。私はそれに耐えられず、去年、離婚した。
子どもは私がひとりで育てることになった。仕事と子育ての両立はいろいろきつい。でも父と絶交してまで無理に押し通した結婚だったから、おいそれと実家に帰るわけにはいかなかった。
「なんでこんな広い家建てたの?」
新築の実家は、父と母の二人暮らしにしては無駄に広い。
二階には使うあてのない部屋がふたつもある。
「お父さん、民泊でもはじめる気だったのかな」
「そんなわけないじゃない」
「じゃあ二階の空いてる部屋は何?」
「…お父さんには、言うなって言われたんだけどね…」
それは、父が私のために作った部屋だという。
「あんたがいつでも帰ってこれるようにって。子どもの部屋も、ちゃんと用意しておこうって」
「…」
高校時代まで私が暮らしたのは、南向きの二階の角の部屋だった。同じところに、父は私の帰る場所を用意してくれていたのだ。
「ここで一緒に暮らせば安心よ。もう、あんただって意地張ることないじゃない」
その晩、私は実家に泊まった。
二階のその部屋に布団を敷いて、子どもを寝かしつけてからスマホをいじっているうちに、なんとなく、父に宛てたメールを書いた。
〈あんなに喧嘩して家を飛び出したのに、お父さんはまだ私のこと、大事に思ってくれてたんだね。親って、やさしいね。私も人の親になってちょっとはお父さんの気持ち、わかるようになったよ。お父さん、ごめん。ほんとは私も仲直りしたかった。そのかわり、私、この子を大切にする。お父さんが私にしてくれたみたいに。〉
朝、目が覚めてカーテンを開けると、懐かしさが胸にこみ上げた。
窓から見える景色は、私が高校生のときに毎朝見ていた、町の風景だった。ここが本当の私の居場所だ。そんなふうに思った。
ふと見ると、枕元のスマホにメールの着信があった。
誰だろう。そう思いながら手にとって驚いた。なんと送信元には父の名前が表示されている。まさか。メールを開くとたった四文字、短いメッセージがあった。
おかえり
ちょっともう、お母さん変ないたずらしないでよ。
「おかあさーん!」
「あら、おはよう」
「お父さんのケータイからメール送ったでしょ」
「え、なんのこと?」
「とぼけないでよー」
「それよりあんた、朝ご飯パンでいいの? ご飯がいい?」
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放送日:2019年6月18日|出演:松岡未来 荒井和真 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす