3rd season
妻が亡くなって、あっというまに半年が過ぎた。
そろそろ、と重い腰を上げて、ようやく遺品整理をはじめた。
家の中は、妻の大切にしていたものであふれている。妻は買物が好きだった。食器、雑貨、本に趣味の手芸用品。
「おい、これお前、いるか?」
「え、どれ? あー、それはもらっとこうかな」
一人では手に負えないので、娘の力を借りている。
「こっちはお父さん使えば? まだ新品だし」
「そうだな」
いちばん困るのは、洋服だ。寝室の横のウォークインクローゼットは、ほとんどが妻のものばかり。しかしこればかりは、俺が着るというわけにはいかない。
「私もいらないよ。サイズ合わないし」
捨てるか、売るか。
「売っても、たいしたお金にならないよ」
「だよなあ」
クローゼットの一角には、まだ一度も袖を通していない服が何着もぶら下がっている。質の良さそうなワンピースやドレス。どれもタグがついたままだ。
「お前、これ着れないか?」
「だからサイズ合わないつってんじゃん。それにデザインが古いからねー」
「ネットで売るとかできないのか?」
「えー、あたしそんな暇ない。自分でやってよ」
娘が帰ってから、どうしたものかと俺は悩んだ。
新品なら少しはいい金になるかもしれない。明日、国道沿いにあるリサイクルショップにでも持ち込んでみるか。
ひとりで夕飯を食べるのにも、だんだんと慣れてきた。妻の味が恋しくなるときもあるが、腹が満たされれば、まあ何を食べても満足する。淋しいといえば淋しいが、そういえば夫婦で食事をしながら何を話していたのか、俺はうまく思い出せない。
「ねえ、驚いちゃったんだけどさ、こないだ引っ越してきたそこの角のお宅、きれいな奥さんいるじゃない。私、ずっとひとまわりは年下だと思ってたんだけど、なんと五つも年上だったの、もうビックリしちゃって。それがさあ、なんで分かったかっていうと、私、見ちゃったんだけどね、スポーツクラブの坂井さんがこないだ水着を、ねえちょっと聞いてる?」
「ん。ああ、この笹かま美味いな」
「やあねもう。あ、そうそう、一昨年、仙台行ったでしょう、そのとき駅に売ってたのと同じ」
「仙台? 行ったか?」
「のりちゃんの結婚式で」
「ああ」
「もういいわ。何にも覚えてないんだもん」
そう、会話をしているのは一方的に妻で、俺はただその話を聞き流しているだけだった。
コンビニの弁当をつまみながら、そばにあったスマホでなんとなく妻にメールを打ってみる。
〈 服、売っちまうぞ。いいか? 〉
まさか送る気はない。
ところが、スマホをポケットにしまった途端、メールの着信があった。送信元は妻になっている。
あなた、ほんとに何も覚えてないのね。
なんだこれは。誰のいたずらだ?
あの服、みんなあなたに買ってもらったものなのよ。嬉しくて、着るのがもったいなくて、ずっととっておいたの。でも、売りたかったらいいわ。そのお金でちょっとはましなもの食べなさいよ。ふふ。あなたが忘れたことを私は大事にとっておく。私たちっていつもそういう夫婦だったね。
不思議な気持ちで、俺はクローゼットの中を覗きに行った。
言われてみればたしかに、それは俺が買ってやったものだったかもしれない。誕生日、記念日、いろんなときに。
今すぐ捨てたり売ったりしなくてもいいか。
いつかきっとそういう日が来る。その日を待ってみよう。 それまで、もうちょっとこのままにしておくか。
食卓に引き返し、さっきの不思議なメールをまた読もうとしたものの、そのメールはもうどこにもない。
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放送日:2019年6月4日|出演:荒井和真 佐藤みき 松岡未来|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす