3rd season
その昔、プロポーズをして断られた相手がいた。大学を卒業してすぐの頃だから、もう四十五年も前だ。
俺も彼女もそれぞれ別の人と結婚し、それからは年賀状のやりとりくらいしかつながりはなかったが、何年かに一度は同窓会で顔を合わせ、会えばよくふたりで話した。ほどよい距離の、いい女友達だった。
「最近こうやって昔の仲間と集まったりするじゃない、もうみんな病気の話か介護の話。どこの病院がいいとかそればっかり」
「はは、わかるよ。俺のまわりもやれ手術したとか、親を老人ホームに押し込んだとかさ」
「奥さんは元気なの?」
「あいつは不死身だね」
「うちの旦那もそう。生命保険、絶対私もらえないと思うわ」
五十を過ぎるとそんな話になり、そして気づけば七十を過ぎていた。お互い、連れ合いを亡くして独り身になっていた。
人生なんかあっという間だ。
最後に彼女に会ったのは、彼女の旦那の葬式だった。
「来てくれてありがとう」
「今度、落ち着いたら飯でも食いに行こうや」
「そうね。またいろいろ愚痴でも聞いてよ」
それから俺たちはときどき、ふと思いついたように電話し合った。
「また飯でも食おう」
「そうね、いいわね。連絡して」
そんな話をしては、それきりにしていた。
その彼女が、つい先日、亡くなった。
彼女の葬式で、息子さんに教えられた。
独り身だった彼女の携帯電話に残った最後の着信履歴は、俺だったという。
最後の電話はいつだったか。ほんの一週間前。彼女は「春なのにまだ寒い、身体の調子が悪い」そんな話をしていた気がする。そのときも、そのうち飯を食いに行こう、そんなふうに電話を切ったはずだ。でも俺は何の行動も起こさなかった。
葬式からの帰り、バスの中でずっと窓の外を見ながら、俺はため息ばかりをついている。妻が亡くなってから、俺の心の支えはもしかしたら彼女だったのかもしれない。彼女とそのうちまた会える、そんなふうに思い続けることで生きていられたのかもしれない。
俺はバスに揺られながら、彼女にメールを書いた。
〈飯でも行こうってずっと言ってたのに、悪かった。なあ、ひとりで生きるのって、やっぱりさびしいよな。もし俺がお前の話、そばでずっと聞いてやってたら、何か変わってたかな。一緒に飯食って、昔話でもしていつも笑ってたら、お前、死なずにすんだかな。俺ももうすぐそっちに行くよ。そしたら今度こそ、そっちで一生に飯、食おう。そんで俺、もう一度プロポーズしてやるよ〉
馬鹿みてえだ。携帯電話を閉じて、また大きなため息を吐く。
そのときだった。
誰かからメールが届いた。ええっ? 驚いたことに、それはついさっき天国に上ったはずの彼女からだった。
んもう、いつも飯行こうって言うくせに、全然誘ってくれないんだから。ずっと待ってたのに。待ちくたびれちゃった。あんたがこっちに来たら、うんと高いご飯おごってもらおうかな。でも、こっちには私の旦那がいるから、別にいいかな。もう、さびしくないもの。
俺は頭がおかしくなったか。
携帯電話を閉じて、目をつむる。疲れているのかもしれない。彼女の死に、自分でも気づかぬほど大きなショックを受けているのだろう。そうでなければ死んだ人間からメールなど届くわけない。
はあ。なんだかまたプロポーズを断られてしまったな。
でも、彼⼥は今はもう孤独ではない。さびしさからも苦しさからも解放された。それがわかっただけで、俺は少し楽になった気がした。
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放送日:2019年5月7日|出演:荒井和真 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす