2nd season
「もしもし。おぉ、久しぶり。どうしたん、急に。え?相談? いいけど…」
大学時代の仲間から十数年ぶりに、会わないかと連絡が来た。
当時、一緒に研究室に寝泊まりし、ロボット開発に没頭した懐かしい友人。そんな彼が今年の秋、新しいロボット事業を興すという。一緒にやろうと誘われた。あの頃の夢を叶えてみないか、と。
やりたい、と思った。でも成功するかはわからない。今勤めている会社を辞めて、家族を養っていける保証はどこにもなかった。専業主婦の妻は不安に思うだろう。家のローンもたっぷり残っている。今の会社に定年までしがみつけば、子どもに苦労をかけることもない。だけど今の仕事が本当に自分のやりたい仕事かといわれれば、…そうでもない。
たまに実家に顔を出すとき、父や母に相談してみようかと思っては、でも結局、躊躇ってしまう。
「最近どうなの、仕事の方は」
「まあ、相変わらずだよ」
「そう言ってますけど、この人、四月に主任に昇進なんです」
「あら」
「給料上がんのか」
「微々たるもんだよ」
「じゃあお祝いしなくちゃ」
「やめてよ、そんなの」
今さら転職なんて、母からは反対されるに決まってる。きっと、父からも。
そんなときだった。父が心筋梗塞で倒れ、帰らぬ人となったのは。
父は生涯、会社員として働いた。戦後の日本を生きて、バブルを経験し、平成の世で死んだ、典型的な男だと思う。葬式のとき、母は言った。
「お父さん、私たち家族のために頑張ってくれたのよ。あんたがいい大学入っていい会社に就職できたのも、みんなお父さんのお陰よね。家族を養うのってどれだけ大変か…」
それを聞くと、自分もやはりそういう人生が正しいのではないかと思う。自分の夢を追うことより、大切なことがあるだろう、と。
父の四十九日が済んだ夜、いつものように寝室で息子を寝かしつけていると、例の友人からメールが入った。そろそろ返事を聞かせて欲しい、と。のるか、のらないか。俺は悩んだ末、断りのメールを入れた。そして息子の寝顔を見つめながら、ふと、死んだ父にメールを送ってみたくなった。
〈 家族のために生きるのが、やっぱり正しいよな。俺も父さんみたいに生きるべきだよな 〉
それを下書きフォルダに保存する。スマホを枕元に放って考えた。思えば大人になってから、父とは会話らしい会話をしていない。人生についての相談など一度もしなかった。
そのときだった。枕元でスマホが震えた。
見ると、それは驚くことに、父のアドレスから届いていた。
そんなのは自分で決めろ。お前の人生だ。でも、俺とお前じゃ生きている時代が違うってことを忘れんな。俺にとって正しいことが、お前にとって正しいとは限らない。正解なんてどこにもないんだ。なあ、人生なんていつ終わるかわかんねえぞ。やりたいこと、やれよ。生き残るためになんか生きるな。家族を食わせて満足しているヤツは、家族を食わせるしかできねえヤツだよ。男が家族を言い訳になんかすんな、情けねえ。なあ、父親が一番嬉しいことは何かわかるか? 今のお前なら、わかるだろ。息子が、父親を越えてくれることだよ。
何だろう、このメールは。母が打ったのか。それとも、本当に天国から届いたのか。
不思議な気持ちで、ふと、隣に眠る息子を見る。俺はこの子に何を望むだろう。この子には、やりたいことをやって欲しい。人生に後悔なんかして欲しくない。
そう思って跳ね起きた。そっと寝室を出ると、リビングで妻が縫い物をしていた。思い切って、友人の誘いを話してみる。
「それ、いい話じゃん。やってみなよ」
「え、いいの?」
「いざとなれば私も働けばいいだけじゃん」
俺は友人に電話をかける。胸がドキドキする。
自分の未来を決めた今、俺はなんだか、生きている、と感じる。
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放送日:2019年3月19日|出演:相木隆行 荒井和真 佐藤みき 松岡未来|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす