2nd season
私の本業はジャーナリスト。でも最近は経営コンサルタントもやっているし、大学の客員教授もしている。
自分で言うのもなんだけど、男社会から一目置かれる、いわば「キャリアの女」。肩書きは会社の社長でもある。
とはいえ、社員は私一人きり。 これまで何でもひとりでしてきたが、最近は年のせいか、身体にいろいろガタが来ている。一度腰を痛めてからは、忙しい中、バスや電車で移動するのが億劫で、はじめてクルマを買った。800万円もするセダンの高級車。ただ問題は…私がペーパードライバーだということ。
そんなときに偶然知り合ったのが、まだ二十歳の悠太だ。聞けば無職でクルマ好き。私は彼を、運転手として雇うことにした。
「まじすか、俺、こんな高いクルマ乗ったことないっす」
「送り迎えと、鞄持ちしてくれればいいから」
「うす、なんでもやります」
知り合った当時、悠太はどうしようもない生活をしていた。
貧乏で居場所がなく、真面目に働くよりも、いつも人を欺して小銭を稼ぐようなことを考えている、そんな子だった。
「あんた、家族は?」
「いますよ、どっかに。もう三年くらい会ってないけど」
「仕事は? 彼女は?」
「まあ、バイトつっても日雇いっすからね、彼女とか二次元で十分っす」
「友達くらいいるでしょ」
「うーん、まあいますけど、別に会いたいヤツはいねっす」
仕事でどこへ行くにも、悠太は私についてきた。
パソコンに触ったこともない、という子だったが、見よう見まねでパワポの使い方を覚えさせた。クライアントには、
「この子、うちの雑用くん」
「ども、雑用っす、あざっす」
と紹介し、お茶出しなんかをやらせた。
キツいこともけっこう言った。頭を叩いたこともある。でも悠太はへこたれなかった。
「あんた、なんだか犬みたいね」
「犬っす。ワン!」
「プライドもないのね」
「あざっす」
「褒めてないわよ」
働いて働いて、男たちから尊敬されることだけに人生を費やしてきた私には、夫も、子どももいない。
ときどき思う。こんなに働いてどうするのかと。お金はたくさんある。 でも、それが幸せとイコールじゃないことを私はずっと感じている。
それは大雨の朝だった。
午前中にどうしても外せないアポがあり、約束に遅れぬよう車をまわせと電話で悠太を急がせた。
ところが時間になっても迎えに来ない。イライラしていると、警察から電話が入った。悠太が交通事故で病院に運ばれたと。
悠太は意識を失ったまま、一週間後に病院のベッドで息を引き取った。
悠太の事故は、明らかに急がせた私のせいだった。延命の可能性はあった。でも、私にはそれを決めることができなかった。
お葬式はさびしいものだった。悠太の家族は、姉だと名乗る女がひとりだけ。他に親戚も友達もいない。そのかわり、私のクライアントが何人か駆けつけてくれた。
その晩、私は珍しくお酒を飲みながら、悠太にメールを送った。
〈悠太、ごめんね。私と関わっていなければ、こんな人生の終わり方しなくて済んだのに。雑用ばっかりさせて、いいようにこきつかって、自分のストレス解消のために文句ばっかつけて。私、あなたの人生を一度もちゃんと考えたことがなかった。だめだよね…こんな経営者。こんな大人、最低だよね〉
シャワーを浴びて、寝ようと思ったとき、スマホが鳴った。
開いてみると、驚くことに悠太からの返信が届いていた。なに…これ。
社長すいません、クルマ、ぶっ壊しちゃって。死んで謝ります。ってこれ冗談っす。あの、俺、社長には感謝しかないっす。社長のおかげで、俺、いろんな世界を見られたし。俺、社長から運転手になれって言われてすげえ嬉しかったんです。誰かに必要とされたの、はじめてだったから。こんな俺でも、生きてていいんだって、あのとき許してもらえたんです。まじ、感謝しかないっす。社長、あざっした。
私はこの仕事をはじめてから、はじめて涙を流した。自分の人生が、なんてさびしい人生だろうと思った。
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放送日:2019年2月19日|出演:佐藤みき 相木隆行|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす