2nd season
同じ職場の人が、交通事故で亡くなった。三つ年上の営業の塚原さん。
普段はおとなしいけれど、仕事ができて、気配り上手だったから、彼はみんなから愛されていた。一緒に仕事をするといつも安心できたし、お客さんや取引先からの評判もよかった。会社になくてはならない人だった。
「今日のお客さん、なんかご機嫌斜めでしたね」
「しょうがないよ。旦那さんの介護で精一杯なのにさ、保険の営業の話なんかされたら、嫌な気持にもなるって」
「そうですけど…。塚原さんの話はちゃんと聞くのに、私の話は全然聞いてくれないし」
「まあ、俺は何度も足運んでるから。実鈴ちゃんもそのうち信頼してもらえるようになるよ」
「塚原さん、マメですよね。結婚しても家事とかちゃんとやりそう」
「まあ掃除とか洗濯は嫌いじゃないけど、結婚なんてまだ相手もいないから」
そんな塚原さんのことを、私はずっと好きだった。片想いしていた。いつか塚原さんの彼女になりたいと、本気でそのチャンスを窺っていた。その矢先の事故だった。
職場には衝撃が走った。みんなが動揺し、そして涙した。お通夜、そしてお葬式。私たちは彼の死を悔やんだ。
でも、それはみんな先週のこと。
新しい月曜日が来ると、職場はまたいつも通りに戻った。彼がいなくても仕事はいつも通りに回っていく。部長なんか、
「ったく、死ぬならちゃんと引き継ぎしてからにしろよ」とか「あいつがいてもいなくても会社は関係ないからな」とか、ひどいことを言っている。そんな中で、私ひとりが立ち直れない。取り残された気分だ。みんなに忘れられて、塚原さんがかわいそうだ。
金曜の夜、会社のそばの馴染みの居酒屋で、社員が集まって飲み会が開かれた。それは、彼のお別れ会。でも私はなんだか行きたくない。その会が終われば、もう彼はこの職場から本当にいなくなってしまうような気がする。
お別れ会のはじまりの時間。でも、私は女子トイレでひとり、じっとしている。行きたくない。スマホには同僚から、来ないの?というメールが入ってくる。私は返信をするかわりに、塚原さんのLINEに文字を打ち込んでいった。
〈ねえ塚原さん、どうしてみんな、いつも通りに仕事できるんですかね。大切な仲間がいなくなって、悲しくないのかな。仕事仲間って、結局そんなもんなんですか。他人なんですか。私は無理。塚原さんに会いたいです。また一緒に営業行きたいです。〉
お別れ会なんか行かずに、もう帰ろう。そう思ってトイレを出たときだった。スマホに着信があった。驚いたことに、それは塚原さんからの返信だった。
わかってないな、実鈴ちゃん。こういうとき、いつも通りに仕事をすることがどれだけ大切か。まだまだだな。それに、俺が一番つらいのはさ、俺がいなくなって仕事でみんなに迷惑かけることだよ。みんな、それをわかってくれているんだ。だから一生懸命、前を向いてるんだ。元気なふりをしなくちゃ、お客さんの前になんて出られないだろ。
なんだろうこのLINE。誰が送ってきたの?
そう思いながら、私は会社を出て、居酒屋の暖簾をくぐった。
奥の座敷からにぎやかな声が聞こえる。襖を開けるとみんながお酒を飲んでいた。上座には、塚原さんの写真が飾られていた。彼の悪口を言っていた部長が、その横で私を見つける。
「おう実鈴、こっち来いよ。お前、塚原には世話になっただろ。な、献杯しよう。一緒に、飲んでやろうよ」
部長の目は涙で濡れていた。そのまわりにいる人たちの笑顔も、みんな、やさしく、温かかった。
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放送日:2019年1月29日|出演:松岡未来 相木隆行 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす