2nd season
「えー、私、やっぱりイブの夜も退院できないんですか」
「しょうがないでしょう。ぶーぶー言わない」
「仕事もできないし…。いつになったら帰れるんですか?」
「もうちょっと数値が安定してきたらね」
師走に入って仕事の忙しい日が続き、体調を崩して病院で診てもらったら、即入院と言われてしまった。
会社には迷惑をかけ、彼氏には会えず、私はこうして病室のベッドに横たわって過ごしている。ずっと点滴につながれて、もう、うんざりだ。
「イブのディナー、予約してたのに」
「あら可哀想。でもここでもね、毎年クリスマス会やってるのよ。ナースステーションの前の談話室のところで」
「そんなの参加したくないですよ」
「私、リコーダーの担当なの。聴きにきてよ」
「やだ、早く帰りたい。彼氏に会いたいケーキ食べたい」
看護師さんについ甘えてしまう。
彼女はなんだか、お母さんみたいだから。
私の母は、私が中学生のときに亡くなった。
病気だから仕方のないことだったけれど、悔いがあるとすれば、
一度も感謝を伝えられなかったことだ。
「もう十年も吹いているの。リコーダー。今年はワムよ」
「何、ワムって」
「え、知らないの? ラストクリスマスって曲」
「あー、聞けばわかるかも」
クリスマスを間近に控えたある日、彼女の姿が見えなくなった。
休みをとっているのかな、と思ったけれど、違った。
驚いたことに彼女は亡くなっていた。脳梗塞。勤務の帰りに自宅で倒れて、見つかったときはもう手遅れだった。
働き過ぎとか、以前も脳梗塞をやっていたとか、いろんな話が病院の中を飛び交った。
それでもイブの夜、病棟ではささやかなクリスマス会が開かれた。
小さなケーキとお茶。入院患者が参加して、看護師さんやお医者さんが楽器を演奏した。まるで小学校のお楽しみ会みたい。
でも、みんなの笑顔は曇っていた。なかには、演奏しながら泣いている看護師さんもいた。談話室の片隅には、リコーダーが一本、きれいな赤いリボンを巻いて立てかけられていた。
イブの夜も、消灯時間は普通にやってくる。
私は横になって、あの看護師さんのことを考えた。
入院した初日から、ずっと私のことを担当してくれていた。
あの人にだけは何でも話せた。文句もわがままも言えた。
でも、またお母さんのときと同じだ、と思った。甘えるばかりで、感謝を伝えられなかった。
〈なんだか、さびしいクリスマスです。悔しいです。私、ちゃんとありがとうって言えなかった。今夜はあなたの吹くリコーダーの音色、想像しながら眠ります。退院したら、イブの夜は毎年、ワムの曲を聴いて、思い出すからね。〉
スマホでそんなメールを書いて、私は眠りについた。
まどろみの中で、私はリコーダーの音色を聞いていた。
夢だと思った。ワムのラストクリスマス。…あれ?
目を開けると、その音楽は枕元のスマホから鳴っていた。
なにこれ。私はこんな着信音、設定したおぼえないのに。
手に取ると、メールが一通届いていた。
メリークリスマス。早く、よくなるんだよ。まだ若いんだから、身体、大切にしなきゃだめよ。
え、どういうこと? わかんない。
これも夢かな、と思った。そう、私はきっと夢を見ているんだ。
でも、夢でもいい。私の気持ちが、伝わっているのならば。
私はスマホを胸に抱いて、再び、イブの夜の眠りについた。
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放送日:2018年12月17日|出演:倉俣 萌 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす