2nd season
親父が死んだ。田舎町に暮らす平々凡々としたサラリーマン。
交通事故。52歳の早すぎる死だった。
俺は母さんの連れ子だったから、親父は本当の父親ではないけれど、でも物心ついたときから一緒に暮らしていた。だから俺にとっての父親は、やっぱり、親父だ。
親父はずっと音楽に憧れていた。といってもクラシックではなく、ロックの方。 いつか音楽で飯を食う。若い頃はそんな夢を抱いて上京したこともあったらしい。
昔話はよく聞かされた。東京でバンドを組んだとかオーディションを受けたとか。でも夢は叶わなかった。親父は田舎に帰って、この小さな町で就職した。そこで出会ったのが俺の母親というわけだ。それでも俺の知っている親父は、いつも部屋の片隅でギターを弾いていた。
「お前も何か楽器やらねえか? ドラムとかどうだ?」
「この狭い家のどこにそんなの置く場所あんだよ」
「ギターなら、俺、いいやつ買ってやるよ。中古のギブソ…」
「いらねーから」
「俺がエレキで、お前がアコギで。あ、そんな親子デュオとか、新しくねえか? 三周まわって逆に今っぽくねえか?」
「絶対やんねーから」
いつか音楽で飯を食う。親父は青春時代のそんな夢をいつまでも引きずっているような男だった。俺はそんな親父が少し苦手だった。
高校生のとき、俺はふと気づいた。親父の夢を邪魔していたのは、他ならぬ俺なんだ、ということに。
田舎に帰って好きな女と結婚したら、オマケみたいな俺がついてきた。親父はある日突然、「父親」にならなければいけなくなった。夢を追うどころじゃなかった。家族を養うために、田舎町の小さな会社にしがみつくしかなくなった。
「うるせーよ親父っ。勉強してんだっけ、静かにしてろや!」
俺は、早く親父に音楽をやめて欲しかった。
親父の弾くギターの音色を聞くたびに、なんだか自分が責められているような気がしたからだ。
親父の四十九日が済んだ夜だった。親父のギターやアンプをどうするかで母さんと話をした。親父のギターを触りながら、母さんは、結局あの人は夢を叶えられなかったわね、と言った。私のせいだったわ、とも。それを聞いて、俺はやりきれない気持になった。
ギターは結局、みんな処分することに決まった。
寝る前、俺は何気なく親父にメールを書いてみた。
〈ごめん、親父。俺、実は考えてたんだ。いつか親父の音楽を配信したいって。今、プロじゃなくても誰でもそういうことができる時代だろ。そうやって親父の夢、叶えてやりたいって思ってた。なのに…。でも、なんかそれって変だよな。子どもが親の夢、叶えようなんてさ〉
別に送信するつもりはなかった。そのまま下書きフォルダに入れておいた。なのに夜中ふと目を覚ますと、不思議なことに、そのメールに返信が届いていた。親父からだった。
変だよ、馬鹿。勘違いすんな。俺が夢を叶えられなかったのは、お前のせいじゃない。もちろん母さんのせいでもない。ただ単に、俺に才能がなかった。それだけだよ。
なんだろうこれは。俺は夢を見ているのか。
それにな、俺、お前を邪魔だと思ったことなんて一度もないよ。母さんに出会って、お前に出会って、一緒に暮らせたときがいちばん幸せだった。そりゃあ、いつか音楽で飯を食いたいとずっと思ってたよ。でも、それはそれだ。本当の夢はギターじゃない。お前の、本当の父親になることだったよ。あのな、いいこと教えてやる。夢なんかなくても人生は生きられる。俺にそう教えてくれたのは、お前なんだよ。
最後まで読んで俺はまぶたを閉じた。そしてまどろみの中で思う。
親父のギターは、やっぱり捨てずに俺が大事にとっておこう。いつか、俺もギターをはじめてみよう。
その晩、夢の中で、俺と親父は親子デュオとしてデビューした。
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放送日:2018年12月4日|出演:大野杜 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす