2nd season
ホスピス。そこは自分に残された最後のときをすごすための場所。
明るく清潔な部屋。居心地のよい施設。親切なスタッフ。家族のいない俺は、ここで緩和ケアを受けながら生きている。悪性腫瘍。もう手の施しようはない。支えてくれる人はいないが、金だけはあったから、この施設で余生を送ることにした。
この人生が、もうすぐ終わる。そう思うと、どんなに贅沢な暮らしをしてもやりきれない。 悔しさ、後悔、憤り。そしてなにより、恐怖。どんどん、心は閉じていく。
しかしそんな俺とは正反対に、残りわずかな時間だからこそ、人生をキラキラと輝かせようとする、そんな人間もいる。
俺よりも一ヶ月遅れて施設にやってきた東雲桂子。彼女がそうだ。毎日笑顔でスタッフと冗談を言い合い、わざわざ友人を呼びつけては昔話に花を咲かせ、 いまさらカルチャーの通信講座をはじめたりしている。
そんな彼女のことが、俺は最近、気になって仕方ない。
「はい、あんたいつも暗い顔してるからこれあげる」
「なんだよこれ」
「ちぎり絵よ。最近はじめたの」
「そうじゃなくてこれ、ライオンか?」
「やあね、ひまわりよ」
「いらねえよ」
「飾っときなさいよ」
「こんな真冬にひまわりもくそもねえだろう」
「ねえ、そういえばあんた、花言葉の辞典、持ってない?」
「知らねえよ、食堂の本棚でも探して来いよ」
「もう、不親切ねえ」
つい、彼女に対してはつっけんどんな態度をとってしまう。気になるのに、悪口を言いたくなる。なんだこれは。まさか、恋か?こんな歳になって? まるで俺は中学生みたいだ。
ある日、彼女の部屋に来客があった。上等なコートを羽織った、品のいい初老の男だった。ロビーでその男を出迎えた彼女は、親しげな笑顔を向けて男の肩や腕に馴れ馴れしく触れていた。
男は彼女の部屋からなかなか出てこない。俺は気になってしょうがない。イライラする。嫉妬の炎がめらめらと燃え上がる。
ようやく男を見送った彼女に、ついちょっかいを出してしまう。
「誰だよ、あれ」
「ふふ。わたしの大切な人。恋人よ」
…俺の恋は、あっけなくやぶれた。
その夜だった。彼女の様態が急変したのは。
昏睡状態。スタッフをつかまえて訊ねると、もうだめかもしれないから家族を呼んだ、ということだった。
俺は自分の部屋に飾ったひまわりのちぎり絵を眺めながら、静かに酒を飲みつつ、ふと彼女にメールを打ってみた。
〈よかったな、今日、まだ元気なうちに恋人に会えてさ。最後に好きな男とお別れができて、満足だろう〉
馬鹿馬鹿しい。何やってんだ俺は。悲しいのか、悔しいのか、わからない。携帯電話をベッドに放り投げ、大きなため息をひとつ吐いた、そのときだった。携帯電話にメールが届いた。
わかってないのねえ。いくら年取ったって、命が残りわずかだって、恋の駆け引きくらいしたっていいじゃない。 恋人だなんて、う~そ。弟よ。それにしてもあなた、本当に鈍感ね、会社でも出世しなかったでしょ。そりゃ結婚もできないわ。あなたにあげたひまわり。花言葉くらい、調べときなさいよ。
なんだこれは。彼女がメールを? まさか。
そうは思いつつ、俺は部屋を出て食堂の本棚から花言葉の本を抜き出し、あわててページをめくった。
ひまわりの花言葉…それは、「あなただけを見つめる」。
胸がぐっと締めつけられた。気づくと俺は床にうずくまり、彼女にかける言葉を探していた。
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放送日:2018年11月20日|出演:荒井和真 佐藤みき|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす