2nd season
自分は何の価値もない男だ。
ときどき、そんなふうに思うことがある。
二年前、勤めていた会社が倒産し、職がなくなった。
それから介護の資格を取ってデイサービスで働きはじめ、もうすぐ一年になる。お年寄りの生活のお世話をしたり、食事を手伝ったりするのが僕の毎日の仕事だ。
三十を過ぎて、同級生は会社で出世したり、特技や経験を生かして独立開業したり、いろんな生き方に挑戦している。でも僕には得意なことなんて何もないから、お年寄りのお世話をしながらおしゃべりの相手をするだけ。それにしたって元々話すのが苦手だから、ひたすら話にあわせて相づちをうつだけ。ときどき、むなしさを感じることがある。でも他に何ができるかといえば、何もない。
利用者さんを車で送迎するのも仕事のひとつだ。
なかには僕のことをただの運転手と思いこんでいる人もいる。バツイチでひとり暮らしの男性、片岡さんもそのひとりだ。
「おう、おはよう。元気か?」
「おはようございます」
「なんだおい、今日はあんた一人か。あのボインの子は?」
「桜井さんなら先月で辞めましたよ」
「ええっ、ほんとかよ。俺の人生の楽しみ奪うな、ばか」
口が悪くて、おしゃべり。でも憎めない人だ。
「兄ちゃんさあ、運転手やって手取りいくらもらってんの?」
「え、言えませんよ。ていうか運転だけじゃないんですけど」
「ま、俺の年金よりは多いやな。そういや彼女できた?」
「毎回同じこと聞かないでくださいよ」
「女のひとりやふたりつくんねーと人生つまんねーぞ。でも調子に乗りすぎると俺みたいになるぞ。あー、俺の人生何、やってもうまくいかなかったなあ」
俺の人生何やってもうまくいかなかった。
それが片岡さんの口癖。話すことがないと、よく昔の映画の話をする。
「こないだ『網走番外地』観直してよ。石井輝男な」
「はあ」
「あれ、歌も高倉健が歌ってんだよ」
「それって『鉄道員』の人ですか? 中学生んとき親と一緒に映画館で観ました。渋いっすよね」
「渋いっすよねじゃねーよ。お前がしゃべると健さんが薄っぺらく聞こえるじゃねーか、ばか」
そんな片岡さんが、ある日を境にデイサービスに来なくなった。
しばらくして、亡くなったというしらせが届いた。
なんとなく想像はしていた。でも、思ったよりショックだった。
僕は結局、片岡さんに何もしてあげられなかった、と思う。話を聞いて、相づちをうって、身体を支えたり、食事を手伝ったりするだけ。…やっぱり僕はこの仕事には向いていないのかも知れない。
あるとき仕事の合間に、僕はふと片岡さんに向けてメールを書いてみた。
〈片岡さん、会えなくなってからどうしていましたか? 大好きな映画、見てましたか? 最後まで、うまくいかない人生でしたか?〉
届くはずのないメールに返信が届いたのは、その日、最後の利用者さんを送り届けた帰りだった。
ああ、最後まで何やってもうまくいかなかったよ。でもよ、最後は週二回、デイサービスに通って車んなかであんたと話をするのが俺の楽しみだったよ。俺のビデオコレクション、みんなあんたにやろうと思ってたんだけど、書いとくの忘れて死んじまった。あんたに次会ったら何の話をしようか、ひとりで家にいてもよ、気づけば考えてんだ。別にたいしたことない、なんでもない話だけどよ、俺はあんたと話するのが楽しみだった。なあ、兄ちゃん、あんたの仕事ってのはさ、それで十分なんじゃないか。それがいちばん大事なんじゃないか。ああ、それにさ、あんたなんか勘違いしてる。何もかもうまくいかなくたってさ、楽しい人生もあんだよ。
不思議な体験だった。死んだはずの人からメールが届くなんて。
でも、それは確かに片岡さんの言葉だった。
それで十分、か。
今までも、僕は自分にそう言い聞かせて、ここまでやってきた。でも片岡さんの言葉だったら、本当にそれでいいと信じられるような気がした。僕の相づちひとつが誰かを勇気づけられる。それを信じて、もう少しこの仕事を頑張ろう。
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放送日:2018年9月18日|出演:佐藤任 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす