2nd season
会社の取引先を接待するのは、僕に与えられた仕事のひとつだ。
相手に合わせて店とメンバーを選び、相手の好みそうな話題を用意し、気持ちよく酔っ払ってもらってコミュニケーションを円滑にする。
確かに今どきではない。でもウチのような田舎町の零細企業にとって、生きていくためにはこういうことも大事なのだ。
「今後ともひとつよろしくお願いします。ありがとうございました!」
深夜、見送りを終えると、僕はいつも携帯で個人タクシーを呼び出す。
「あ、高橋です。駅前なんすけど、いまから平気ですか?」
運転中でも着信を残してからメールを送っておけば、すぐに返事があって、たいていは来てくれる。駅でも繁華街でも。夕方でも深夜でも。
「高橋くん、今夜も酒臭いね」
「向こうの社長さんが酒好きで。すげえ付き合わされちゃって」
個人タクシーのおじさんは田所さんという。
「だいぶ酔っ払ってるよね」
「いやあ、社長が気に入ってる女の子のいる店だったんすけど、その子もう辞めちゃってて。まあ下調べしなかった僕が悪いんすけどね。それでやけ酒に付き合わされて、もうヘロヘロですよ」
「昨日も一昨日も飲んでるじゃない。いい加減、肝臓休めてやったほうがいいよ。朝とかつらいでしょ」
「でもこれ仕事なんで」
「若いうちはあれだけど、ちゃんと健康診断…」
「しょうがねんすよ。仕事すから、仕事」
田所さんはいつも僕の健康を心配してくれた。でも僕はこんなふうに毎回うざったく答えるだけだった。
ある夜。その日も接待のあと零時を過ぎ終電も終わっていたので、僕はいつものように田所さんのタクシーを呼んだ。
ところがつながらない。メールを送っても、返事がなかった。仕方なくその日は大通りに出て流しのタクシーを拾って帰った。
すると翌日、田所さんの奥さんだという女性から電話があった。
驚いたことに田所さんは亡くなっていた。長い闘病生活の末の最期。タクシーの運転をしながら、田所さんは病魔と闘っていたのだった。そんな素振り、ちっとも見せなかったのに。
それから一週間ほどした金曜日、懇親会という名目の少し大きな接待を終えた僕は、夜の町をひとりで歩いて家に帰った。
しこたま酔っていたし家まで遠かったけれど、田所さん以外のタクシーに乗る気がしなかった。
〈いつも真夜中に呼び出して、すみませんでした。無理なお願いばかりして…心配までさせてしまって…〉
気づくと僕は公園のベンチで休みながら、ふらふらの頭で田所さんにメールを打っていた。田所さんはいつも僕の健康を気遣ってくれた。でも僕は、うんと年上の田所さんの身体を気遣ったことなど、一度もなかった。まさか、病気だったなんて…。
再び歩き出して、ようやく家に近づいた頃、ポケットのスマホが震えた。見ると、田所さんからだった。
謝られても困るな。俺だって仕事でやってんだから。むしろ御礼を言わなきゃな。いつもご利用、ありがとうございました。
奥さんが返信を送ってくれたのかと思った。
でも、違う。それは紛れもなく田所さんの言葉だった。
俺はさ、若くて頑張ってるヤツを乗せるのが好きでね。そういうヤツを家までちゃんと送り届ける。そのことが生き甲斐だったんだ。俺、家で病人らしく横になってるより、ハンドル握ってる方がずっといいんだ。なあ、生き様ってのはさ、本人にしか決められないんだよ。俺の仕事ってそういうもんだろ。男の仕事って、そういうもんだろ。でもさ、やっぱり健康には気をつけろよ。
僕は考える。自分は田所さんのように、生き甲斐といえるような仕事をしているだろうか。ただ命令に従って、振り落とされないように会社にしがみついているだけなんじゃないか。夜道を歩きながら考える。自分の仕事について。これからの人生について。
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放送日:2018年8月21日|出演:相木隆行 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす