2nd season
最近、夫のナオキとうまくいっていない。
もっと家事や育児に協力して欲しいのに、ナオキは残業があるからと夜遅くまで家に帰らない。仕事仕事仕事。そればっかり。ここのところ顔を合わせるたびに小さな喧嘩を繰り返している。
私たちの結婚は急だった。急いだのは私だ。がんを宣告され余命わずかの父に花嫁姿を見せたい一心で、駆け込むようにして結婚式を挙げた。
「お父さん、来てくれてありがとう」
「うん、いい式だな」
「私、幸せになるからね」
「ああ。生きているうちに早く孫の顔が見たいよ」
「うん、いっぱい可愛がってあげてね」
「ああもちろん」
病院から車いすで会場に来てくれた父は、式の三日後に亡くなった。
家族はみんな、私の結婚式まで父の身体がもちこたえたのは奇跡だと言った。花嫁姿を見せられて、本当によかった。
でもその一方で、結婚を早まったかな、と思うときもある。
この夫でよかったのか。私は本当にこの夫のことを愛しているか。
夜更けにそばで子どもが泣いている。年子でふたり。どちらも男の子で手がかかる。ようやく下の子を寝かしつけたと思ったら、上の子が起きて泣き出した。台所に洗い物はたまっていて、食卓の上さえまだ片付いていない。洗濯物もたまっている。なのに今夜もこのまま子どもと一緒に寝落ちしてしまいそうだ。
ナオキの帰りは今夜も遅い。仕事が大変なのはわかるけれど、こうも残業続きだと、よそに女でもいるのかと勘ぐってしまう。
明日の朝、きっとまた私は帰りが遅いと文句をつけ、ナオキは家が片付いてないと私に言い返すだろう。いつもの口喧嘩。
なんで私ばかりこんな大変なんだろうと思うときがある。
同い年の友達は恋をしたり遊んだり、みんな独身で楽しそうなのに。私はもう恋もできないし、遊んでいるひまもない。つらい。弱音を吐ける相手もいない。
気づくと私は、泣いている子どもを片方の手で抱きしめながら、もう片方の手でスマホに恨み辛みのようなメールを書いていた。
〈お父さんせいだよ。お父さんが病気にならなければ、私はあわてて結婚することもなかったのに。みんなお父さんのせいだよ〉
ため息をついて瞼を閉じる。そのときだった。スマホが震えた。えっ。そのメールは、とうに解約したはずの、父のアドレスからだった。
しょうがねえだろう、がんになっちまったんだから。まあ、悪かったとは思うよ。 でもよ、ナオキくんのことも考えろ。ナオキくんだってお前と同じだよ。まだ社会人になったばかりで、仕事をおぼなきゃいけなくて毎日精一杯なんだ。 ナオキくんはさ、俺の病気のことも、お前のその子どもっぽい性格も、みんなわかってお前を選んでくれたんじゃないか。俺さ、結婚式のときナオキくんに謝ったよ。娘のわがままに付き合わせて本当に申し訳ない、って。俺はもうすぐ死ぬ。でもその前に安心させてくれてありがとうって。そしたら彼は言ってくれたよ。『お義父さんに会えてよかった。これからも見守っていてください』って。やさしい、いい男じゃないか。だから俺、ずっと空の上からお前らのこと見守ってんだよ。 ナオキくんはナオキくんの仕事をしてる。お前もお前の仕事をやれ。文句があっても、それが家族だ。それが子育てってもんなんだよ。
また子どもが泣き出し、我に返った。
子守歌を歌いながら背中をさすり続け、ようやく寝かしつけたあとでもう一度メールを読もうとしたら、不思議なことに父からのメッセージは消えていた。なんだったんだろう。私は疲れ果てて幻覚でも見ていたんだろうか。
スマホを放り、ふたりの子どもの寝顔を見つめる。ナオキと結婚しなければ、出会えなかった子どもたち。自分の命よりも大切な子どもたち。
私はしばらくいろんなことを考えて、眠たい目をこすり、立ち上がった。
よし、台所の片付けだけは夜のうちに終わらせよう。
寝室から廊下に出ると、ふと夫の気配がした。見るとナオキが仕事帰りの格好のまま、洗濯物を干してくれている。私に気づいて振り返り、ただいま、と微笑んだ。私はなんだか胸がいっぱいで、おかえり、と言うだけで涙が出そうだった。
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放送日:2018年6月19日|出演:松岡未来 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす