2nd season
社内恋愛。といっても片想いだけれど、僕は会社に好きな人がいる。
4つ年上の倉科美咲さん。去年まで品質管理部にいたから、企画部の僕とはほとんど接点がなかったけれど、今年の春から営業部に異動になって一緒に仕事をする機会が増えた。
今も同じプロジェクトを担当している。フロアは離れているけれど、ほとんど毎日メールのやりとりをしているし、ふたりきりの打合せも多い。きっと彼女は僕のことを悪く思ってはいない。
だけど…。彼女は結婚している。彼女にはひとまわり以上も年の離れた旦那さんがいる。もし僕が彼女に手を出したら、いわゆるひとつの、不倫、ということになってしまう。だから、片想いなのだ。
でもせめて一緒にお酒を飲むくらいならと思って、僕はある日、打ち合わせの合間に思いきって彼女を誘ってみた。
「倉科さん、この仕事、無事に納品終わったら打ち上げとかしません?」
返事は即答でOK。LINEも交換した。これは…もしかして。
ところが、だ。あと少しで納品、というタイミングで、急に倉科さんはプロジェクトの担当を外れた。
あまりに突然だったので驚いて理由を尋ねると、実は旦那さんが病気でもう長くないという。
旦那さんの最後の時間をふたりで一緒に過ごすために会社を辞めるという話だった。
それからずっと、僕はもやもやしている。
もう倉科さんには会えないかもしれない。
でももしもう一度、また会うことがあったら、そのとき倉科さんは…。
担当していたプロジェクトが完了した夜、僕は彼女と一緒に行こうと思っていたダイニングバーにひとりで行って、しこたまお酒を飲んだ。
そして酔った勢いで、LINEを送ってみた。
〈あの案件、無事に納品できました。先方も喜んでいました。倉科さんのおかげです。ありがとうございました〉
すぐに既読になった。でも、返事は来なかった。
深酒をして、ふらふらになって店を出たとき、ようやくスマホが鳴った。
LINEに返信が届いたのだ。
てめえ、どういうつもりだ!
驚いて腰を抜かしそうになった。
何うちの嫁に言い寄ろうとしてんだコラ!
それは彼女の旦那さんに違いなかった。
もし美咲ちゃんに手ぇ出したら、慰謝料請求すっからな。わかってんのかゴラァ!
一瞬にして酔いが覚めた。僕はうっかりメッセージを送ったことを後悔した。
ごめんなさい、そんなつもりなじゃいんです、という言い訳を送ろうかどうしようか考えながら終電に急いでいると、最後にもう一通、LINEが届いた。
でも、もしも本当に大事にしてくれるなら、美咲のこと、頼みます。どうか長生きして、俺にできなかったこと、してやってください。
僕は終電を逃した駅のベンチで、いろんなことを考えた。
倉科さんと、倉科さんの旦那さんのこと。夫婦ってどんな感じなんだろう。夫を見送るって、どんな気持ちなのだろう。
それから一週間後、LINEに彼女からのメッセージが届いていた。
来月から仕事復帰するという。不思議なことに、彼女の旦那さんからのメッセージはいつのまにか消えていた。なんだったんだろう。
あの夜、僕は酔っぱらって幻覚を見ていたのだろうか。それとも夢に見たのだろうか。
そしてもっと不思議なことに、彼女の旦那さんが亡くなったのは、僕があのメッセージを受信した夜だったという。
僕が彼女に必要以上に近づくのは、まだまだ早い。
でもいつか、彼女が僕を必要としてくれる日が来たら、僕は全部受け止めようと思う。そして彼女が望むなら、本気で未来を見つめよう。彼女の旦那さんに誓って。
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放送日:2018年5月1日|出演:渡部貴将 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす