1st season
今年もクリスマスがやってきました。
イブの夜は、街の光がひときわ輝いて見えます。
寄り添って歩く恋人たち、たくさんの買物袋をぶら下げて歩く家族連れ、サンタクロースのコスプレをした売り子さんたち。
そんな光景を横目に、仕事を終えた私は街をさっさと通り抜け、ひとり、ひっそりと静まりかえったマンションの部屋に帰ります。
クリスマスなんてもう私には関係ない。クリスマスなんて憂鬱なだけ。
今年の春、私は恋人を亡くしました。年下の恋人でした。
突然の病気ということになっていますが、どうして死んでしまったのか、本当のことは私にはわかりません。
十年も本気で付き合いました。この部屋だって、いずれは恋人と一緒に暮らすためにローンを組んで買ったのです。
クリスマスも十回一緒に過ごしました。私の恋人はクリスマスが大好きでした。
「ねえねえ、来年はクリスマスプレゼント何欲しい?」
「えー、私、そろそろクルマ買い替えたいんだよねー」
「じゃあ中古車情報誌プレゼントするわ」
「あはは。ねえそれよりさ、来年はこの部屋に大きなツリー買わない? アメリカ映画みたいなやつ」
「いいね、買おう買おう。飾り付けとか楽しそう!」
「私、オーナメントを手作りしようと思うんだ」
「えー、ちゃんとできんの? 不器用なのに?」
「ネットで調べたらいっぱい載ってたから大丈夫」
そう、私の恋人は女性です。
いくら長く一緒にいても、いくら愛していても、結婚することはできません。
田舎の両親は、私がずっと独身でいるのは、いい人が見つからなかったからだと思い込んでいます。
でも真実は違います。私はただ、男の人を愛せないのです。
彼女のいない今年のイブは、だから何もありません。
ケーキもチキンも、ワインもプレゼントも、もちろん、ツリーも。
私はいつもと同じようにちゃっちゃと晩ご飯を済ませ、お風呂に入り、テレビのニュースを見て、毛布にくるまり読書をはじめました。
でもいくらページをめくっても、文章が頭の中に入ってきません。
私はふと枕元のケータイに手を伸ばし、そこに保存してあった、昔の写真をぼんやりと眺めました。去年のクリスマス、一昨年のクリスマス。写っているのは、ほとんどが恋人の笑顔ばかりです。
〈ねえ、どうして死んじゃったの?〉
写真に向かって、私はたずねました。
〈ひどいよ。このままひとりきりで孤独死するのはつらいから、ずっとずっと一緒にいようって、おばあちゃんになっても一緒にいようって約束したのに。今年は大きなツリーを買おうねって約束したのに。なのにどうしていなくなっちゃうの?〉
私はそれをメールに書きました。書き終わると灯りを消しました。そして毛布のなかで、淋しさに震えて眠りました。
こんなに淋しい思いをするなんて、今年は最悪のイブです。
私は夢を見ていました。それも、とても幸せな夢を。
何の夢だったかは、思い出せません。
ただ、どこかで私のケータイが鳴った。
ふと目を覚ますと、朝でした。
枕元のケータイに、メールの着信を知らせるランプが点滅しています。
誰だろう。こんな朝早く。開くと、知らないアドレスからでした。
そこにはたった一言、
メリークリスマス
と書いてありました。
見知らぬ誰かが別の誰かに送ったメッセージが、間違って私のケータイに迷い込んだみたい。でもそれを目にしたとき、私は、その言葉を、彼女の声で聞いていました。
「メリークリスマス!」
思い出しました。
さっきまで見ていた幸せな夢は、彼女の夢でした。
現実では会えないから、夢の中に、会いに来てくれたのです。
きっとこのメールは、彼女からのクリスマスプレゼント。
私は返信画面に切り替えて、入力します。
〈あなたにも、メリークリスマス〉
送信ボタンを押して、私はベッドから起き上がります。
彼女のいない、クリスマスの朝。
間違いメールのおかげでしょうか、昨日よりも、私は少しだけ元気を取り戻していました。
コンビニまで散歩して、中古車情報誌でも買ってみようかな、なんて。彼女の笑顔が、冬の空に浮かびます。
あなたと一緒に、私はひとりで生きていくわ。
■
放送日:2017年12月5日|出演:佐藤みき まちゃ|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす