1st season
今年の夏も、盆休みは田舎に帰り、墓参りに行った。
妻と四歳の息子を連れて、親父の墓に。
妻は、花だ線香だ墓掃除だと、会ったこともない義理の父親のためにかいがいしく動き回っている。そのあいだ、息子は何が楽しいのか、キャッキャと笑いながら墓石のあいだを迷路のように走り回って遊んでいる。
俺はといえば、住職の手が空くのを待ちながら、本堂の軒下に腰を下ろして、ぼんやりとその様子を眺めている。今年で三六歳。親父が死んだのが七二のときだから、俺はそのちょうど半分を生きていることになる。
子どもの頃、俺は親父が嫌いだった。
「おう亮介、悪いな、運動会見に行けなくて。土曜から東京出張なんだよ。土産はたんまり買ってきてやるから勘弁しろよ」
仕事の忙しさにかまけて、家庭をかえりみない親父。
「大手のゼネコンが相手なんだ。この契約はなんとしてもまとめるぞ」
結局、働き過ぎだったんだろうと思う。ろくに親子の会話も交わさないまま、親父は七年前に身体を壊して急死した。
三六歳というのは、親父が不動産の会社を起業した年だ。
この歳で、親父は会社の社長になった。そして会議に接待に出張に契約にとせわしなく、いつも楽しそうに働いていた。
で、三六歳の俺はというと、ぱっとしない人生を歩んでいる。
親父みたいになりたかったわけじゃない。あの人のように、土地だ株だ金利だと、そんな仕事はしたくなかった。もっとクリエイティブに生きたいと思って、大学を出てからデザイン事務所に就職した。でも、センスがなくて辞めた。それから文具メーカーで商品開発に携わったが、ろくなアイディアもなく、サービス残業がきつくて辞めた。
そして今は食品の倉庫で在庫管理の仕事をしている。右から左へと流れていく商品をひたすらチェックするだけ。無表情で、淡々と過ぎる毎日。
親父とは違う世界で成功したい。親父を越えたい。そんな夢を持っていたのは、大学を出るまでだった。いまは、夢などなにもない。
今の仕事も、いい加減疲れたな。
走るのに飽きた息子が隣にやってきて、俺のスマホでアニメの動画を見はじめた。俺はスマホ育児中心のダメ親だけど、もう父親としての役割も、だんだんどうでもよくなってきている。気づけば、親父の墓に向かって、俺は心のなかでつぶやいていた。
〈なあ、俺はどうしたらいいんだよ。親父は今の俺の歳から事業を興して、金儲けをして、偉くなって、どんどん仕事に夢中になっていったんだろ。俺、そんな親父が大っ嫌いだったよ。楽しそうに仕事してさ。いまの俺は、からっぽだよ。三六にもなってこんなからっぽな気持で、いったいこれからどうしたらいいんだよ〉
ああ、妻と息子のために生命保険でもかけとくか、なんてことをふと思ったとき、息子が俺の脇腹をつついた。スマホに、メールが届いたという。俺は目を疑った。その差出人が、父の名前だったからだ。
馬鹿野郎。くさった顔してんじゃねえよ。何がからっぽだ
俺だってからっぽだったよ。お前の倍生きて死んだけど、七二でもまだからっぽだったよ。俺が仕事で成功したのはただのラッキーだ。時代がよかっただけだよ
俺はあたりを見渡した。でも、何も変わったことはない。息子が不思議そうな顔で俺を見上げている。
男なんてのは、いつもからっぽなんだ。それで生きて死んでくだけ。そんなもんなんだよ。つまんねえ顔してるからつまんねえんだ。人生がからっぽなら、悩みもからっぽだろ。騙されたと思って楽しくやれや。そのうち、楽しくなっからさ。まあ、気楽にやれ。ていうかお前も俺の墓磨けよ馬鹿野郎
住職に呼ばれて慌てて立ち上がり、墓の前でお経を上げてもらいながら、俺は頭を垂れて考えた。
親父も、からっぽだったのか。そんな気持でずっと生きてきたのか。
人生が楽しそうに見えたのは、楽しそうに見せていたからなんだな。
お経が終わってからもう一度スマホを見ると、不思議なことに、親父のメールはもうどこにもない。いくらさがしても、ない。
あきらめて、俺は後片付けをする妻に声をかけた。
「それ、俺がやっとくからいいよ。先に車行ってエアコンつけて休んでていいよ。今日はありがとな」
受け取った手桶と柄杓をぶるんとふりまわし、よし、と自分に気合いを入れてみる。無理につくった笑顔に、息子が微笑み返してくれた。
「パパは明日からまた仕事だよ」
息子も、明日からまたプール教室だといっちょまえに言い返す。
「そっか、お互い楽しく頑張ろうな」
パチンと手をあわせて、その手をつなぐ。
あの不思議なメールはなんだったのか。俺は夢でも見てたのか。暑さにやられて、頭が変になっていたのか。でも、なんだっていい。俺はいまの俺を生きていくだけだ。せめて、親父よりは長生きしてやろう。見上げれば雲ひとつない夏の青空が広がっている。
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放送日:2017年8月15日|出演:本間克彦 荒井和真|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす