1st season
私には、仲のいい男友達がいる。会社の同期で、名前はユウジ。
明るくていいヤツなんだけど、ときどき、ふとした拍子に心がどこか遠くに行っちゃっているときがある。ユウジは、大学のときに付き合っていたヒカルちゃんという恋人を、交通事故で亡くしている。
「おいユウジ、なにボヤッとしてんだ」と課長に怒られるときのユウジは、たぶん、彼女のことを思い出しているんだろう。
そんなユウジが突然、余命を宣告された。会社の健康診断でひっかかり、
「まじかよ、要再検査かよめんどうくせえ」
なんて笑っていたのが、笑いごとではなくなった。進行癌。残された時間は、あとわずか。
「でもさ、天国にいるヒカルに会いに行けると思えば、これも運命って、受け止められる気がするんだよね」
会社のコピー機の横でふたりきりのとき、ユウジは私に打ち明けてくれた。天国で恋人に再会できる。そう考えることで、ユウジは、目の前に迫る死の恐怖をやわらげようとしていた。
「ヤマグチさ、ちょっと買い物付き合って欲しいんだけど」
え?なんで?
「いいから、頼むよ」
ユウジは、週末がくると、私を連れて買い物にでかけた。
新しい服を買い、髪型を変え、靴や鞄やスマホまで新調した。それは、ユウジが彼女に再会するための「準備」だった。大学時代よりもずっとカッコよくなって彼女のいる世界に行くのだと、ユウジは言った。私はユウジが選ぶものひとつひとつにアドバイスをして、彼女にプレゼントするというアクセサリーも一緒に選んであげた。
それまでちょっとダサくてモテない感じだったユウジは、みるみるカッコよくなって、そして、本当にこの世からいなくなった。
ユウジのお葬式の次の日から、私は会社に行けなくなった。
朝、目が覚めても身体が反応しない。起き上がれない。悲しいはずなのに、悲しい、という気持ちがよくわからなかった。それよりも、悔しい。私はユウジのことが好きだった。入社式ではじめて顔を合わせてからずっと。だからまるでユウジを昔の女に取られてしまったみたい。
お昼を過ぎてようやく布団から這い出ると、今日も留守電が入っている。部長が私のことを心配して毎日電話をくれる。でも私は一度も出ない。会社にはもう二週間行っていない。きっとこのままクビになると思う。
留守電を消去したついでに、私はなんとなくメッセージのアプリを開いてみる。ある日を境にぷつりと途切れた、私とユウジの他愛もない言葉のやりとり。気づくと、私は指を動かして、新しい言葉を打ち込んでいた。
〈ユウジ、今日もおつかれ。そっちで元気にしてる? ヒカルちゃんには、もう会えましたか? 無事に元サヤに収まったかな。彼女は驚いたよね、きっと。ヒカルちゃんはまだ、ユウジのことを好きでいてくれた? 実は、私もユウジのことが好きでした。一緒に買い物したり、ご飯を食べたり、楽しかった。いろんな話したよね。でもどんなに楽しい話でも、笑い話でも、胸のなかはすごくすごくつらかった。ユウジが死んじゃうのはわかっているのに、心が勝手に、どんどん好きになっていっちゃうから…〉
あれ、画面が歪んだ、と思ったら、私は泣いていた。
スマホを枕元に放って、また布団にもぐりこむ。そのときだった。
おっす、ヤマグチ。今日もおつかれー。会社行けよ。ていうか俺のデスクの私物、早く処分してくれよ。
ユウジから、返信が届いていた。なにこれ? 誰? いたずら? ユウジはもうこの世にいないはずでしょ?
こっちきて結構探して、ようやく昨日、ヒカルに会えたよ。天国のファミレスで一緒にご飯食べた。でも昔の話をしただけ。ほんとそれだけ。プレゼント、渡すつもりがそんな雰囲気じゃなくてさ、渡しそびれちゃった(笑)。せっかくヤマグチに選んでもらったのにな。でも俺にはそれで十分でした。なんか、ずっとずっと先の未来に、ヤマグチともこんなふうにまた一緒にご飯食べて、昔話で盛り上がりたいな、なんて思った。だからまあ、それまで元気で。俺の分も長生きしろよ。
私はそのメッセージを何度も何度も読み返した。
そして、ユウジはもう死んじゃったのに、奇妙だけど、私はすごくうれしかった。そうか、彼女とよりを戻したわけじゃないんだ。いつか、私もまた天国でユウジに会えるんだ。
よし、とひとつ気合いを入れて布団から起き上がる。会社に電話をかけて、無断欠勤をひたすら謝った。
もう一回メッセージのアプリを起動して、ユウジの返信を読もうとしたら、でも、あのメッセージがどこを探しても見つからない。
あれはいったい何だったんだろう。もしかして全部私の妄想? それとも誰かのいたずら? ううん、きっと違う。確かにあれはユウジの言葉だった。ユウジが私をみかねて、助けてくれたのかもしれない。買い物に付き合ってあげたことの、お礼のつもりかな。
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放送日:2017年8月1日|出演:井上晶子 本間克彦|脚本:藤田雅史|演出:石附弘子|制作協力:演劇製作集団あんかー・わーくす